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「やんばるアートフェスティバル2019-2020」内覧会レポート

沖縄県の北部地域「山原(やんばる)」で行われる地域芸術祭「やんばるアートフェスティバル」が、今年も2019年12月14日(土)からスタートしました。やんばるは、世界に誇る美しい自然と豊かな地域文化が息づく土地として、2016年「やんばる国立公園」に指定され、2020年夏には、世界自然遺産への登録も見込まれています。そうしたやんばるの原風景とともに、現代アートや伝統工芸を体感・体験できるのが、本アートフェスティバルならではの魅力です。
3回目の開催となる今年は、やんばるにある聖地「黄金森(くがにむい)」をコンセプトに、国内外のアーティストたちが集い「鎮守の杜」を創造。「やんばるアートフェスティバル 2019-2020 山原黄金之杜」と銘打ち、2020年1月13日(月祝)まで1カ月にわたり、個性豊かな創造の杜と触れ合えるアート祭典を展開します。

アートフェスティバル開幕前日となる12月13日(金)には、メイン会場である大宜味村立旧塩屋小学校にて、オープニングスペシャルトーク『やんばるから見渡す、東アジアの芸術祭の事情』が開催。本フェスティバルで「エキシビション部門」のディレクターを務める金島隆弘と、台湾の台東で「The Hidden South」などさまざまな芸術祭のアートディレククションを手掛ける林怡華、横浜美術館のキュレーターであり、「ヨコハマトリエンナーレ2020」の企画統括を務める木村絵理子の3人による鼎談が行われました。

横浜、台湾、それぞれの地における芸術祭の現在、東アジア全体のアートに対する思考、今後、芸術祭にはどのような可能性があるのかなど、たっぷりと語られた1時間。最後には、もしも「やんばるアートフェスティバル」のディレクターに就任したら、実現したいプロジェクトのアイデアも飛び出しました。

「インスタ映えするような作品だけではなく、『ここに行かないとわからない』というリアリティに触れられる作品が合っているなと想像しました。参加するアーティストも、このために長期間住みこんで作るというイメージ。1回限りではなく、3年かけて作り上げていく場合もあったり、学校のように人が入れ替わっていく感じがおもしろいですね。ここを出発点にして、サイクルができ、次につながっていく。噂が広まって、別ジャンルの人ともつながりが生まれてカルチャーになっていくような。ここでしか生まれ得ないものを長いスパンでやっていくのがおもしろいと思います」(木村絵理子)

「日本における沖縄、台湾における台東は、関係性がとても似ているので、私が台東でやっているプロジェクト『南以南』に近いことを、やんばるでもやってみたい。具体的には、アーティストがここに住み、この地を学び、理解した上で作品を考えてもらう。作品のために滞在するレジデンスという考え方とも違って、この地に生活するというイメージ。台湾も沖縄も、多くの犠牲を払ってきた歴史、文化がある。自分の魂をここに置き、それらを理解することで生まれる芸術を見てみたいと思います」(林怡華)

トークショーの後は、アーティスト自らが作品を解説する内覧会を実施。全部で8つある会場のうち、この日は、大宜味村立旧塩屋小学校、大宜味村役場旧庁舎、辺土名商店街 ひかり医院跡、YANBARU HOSTEL、4つの会場を巡りました。

ツアーは、まず大宜味村立旧塩屋小学校体育館から。海に浮かんでいるようなロケーションに建つこの体育館は、ガラス張りで青い海と雄大な山々を望むことができ、降り注ぐ太陽が気持ちいい空間。青森県出身の佐々木怜央は、その太陽の光を効果的に取り入れたガラスの彫刻「雪の精霊と花の唄」を制作。きらきらと輝く海を背景に、青森と沖縄、自然と人との関係性を美しく表現していました。

谷本研+中村裕太「タイルとホコラとツーリズム season7」は、去年参加した本フェスティバルのクロージングイベントから制作をスタート。塩屋小学校の近くにあるホコラに惹かれたことを機に、塩屋湾に根差した物語や風習を1年かけて取材。そこに登場する事物を自らの手に直接描いて表現しました。塩屋で400年以上続く「ウンガミ」(海神祭)など、作品からこの地に根付く物語を楽しめる仕上がりです。

「パラリンアート in やんばる」コーナーでは、古謝哲也の絵画と、山口那智の書道を展示。沖縄の自然の恵みを物語るようなカラフルな色彩の絵画と、空間を自由な感性で使い、ダイナミックな筆使いで綴った書が印象的です。

続いては、校庭へ。永澤嘉務「UTAKI-せいめいのれきし―」は、琉球石灰岩にフィーチャーした作品。貝殻やサンゴなどの死骸が長い年月を経て堆積した岩に、耳など人の体の一部を彫りこみ、自然と人との共生を表現。「この岩は堆積されたものではあるけれど、止まっているのではなく循環しているイメージ」という言葉が残りました。

陳豪毅+鄭志強+羅安聖の「Secret Hut」は、トークショーに参加した林怡華のディレクションによるもの。台湾の原住民であるプエマ族、ルーカイ族からアーティストを招き、実際の暮らしの様子を紹介しています。校庭に作られたのは、漁のときに使う小屋と食事をする際の道具。
「この小屋は狩りに行く際、臨時的に作るもので、定住するための小屋ではありません。今回は、ほとんどの材料を沖縄に来てから探し、集めました。山からとってきた土や植物、地元の材料で作るということが大切だと思っています。初めて出会う植物、どのようにして使うかわからない植物、そんな意味も含めて『Secret Hut』と名づけています。去年参加したときは、ひとつの部族だったけど、今年は2つの部族を招きました。台湾には16種類の原住民がいるので、いつか全部の部族を沖縄に集めて開催したいです」

沖縄の伝統的な品物や装飾を自分なりの解釈で読み解き、物語を紡ぎ直すことに取り組んだ染谷聡「ミストレーシング / SOUVENIRS URUSHI」、やんばるで見つけた植物や動物をモチーフに、現実にないものをストロボの光で映し出したように描く高木真希人「草木のペンシル」、大宜味村の地に伝わる精霊「ぶながや」をテーマに、大宜味村の自然の喜怒哀楽を表現した新世界「IN THE BUNAGAYA」、台湾・台南のアーティスト吳思嶔が、ハンターと獲物の動物という観点から、人間と動物の関係性を探求した「muntjac imitation」、工芸作家のアトリエを訪ね、ガラスくずや端木などの副産物を集め、作品にならないものへの価値を見つけ出す副産物産店(矢津吉隆+山田毅)「副産物産店 やんばる支店」など、個性豊かなアーティストの表現を楽しみました。

漫画家・イラストレーターの横山裕一「キジムナーショー」は、沖縄の伝説が原作の漫画を今回のために書き下ろしたもの。2つの物語があり、ひとつは沖縄の妖怪キジムナーが家を焼かれて仕返しするという話、もうひとつは外国から蚊を持ち込んだ男がその蚊を逃がしてしまうという話。「キジムナーが最後に刃物を抜くシーンがありますが、こういう描写は僕は怖くて苦手なので架空の話として『ショー』を付けました。石垣島のスナックで、『踊り』とか『演歌』とかいろいろな演目が書かれているのを見たんです。その中に『キジムナーショー』と書いてあったのを覚えていて、おもしろかったのでタイトルはそこから拝借しました」

今年は、ヨーロッパのアーティストも初参加。イギリス生まれ、オランダ育ちのニック・クリステンセンは、徳島県神山町のレジデンスプログラムでも和紙を使った作品を手掛けているアーティスト。今回は、あえて和紙を使わず、シルクにエアブラシで描いた「Gathering of Loose Ends」を制作しました。「これまでは壁に貼るものしか作っていませんでしたが、今回初めて吊るものに挑戦しました。シルクは自分のスタジオで作り、ここに持ち込んでいます。それぞれの絵を飾る場所を考え、この空間をひとつの作品として表現したので、部屋の中のいろいろな場所に立って見て、空間ごと楽しんでほしいです」

自作の映像機と楽器を使ったパフォーマンスユニットusaginingenは、図書室で「ウサギニンゲン劇場」を創り上げました。ふだんは瀬戸内海の豊島にある劇場を、そのままやんばるに移動したイメージ。プロジェクターを使った幻想的な映像と音で異世界へと誘う即興パフォーマンスを披露してくれました。

本フェスティバルの総合ディレクターを務める仲程長治は、ワイヤーアートと写真で構成した「黄金陰影 クガニインエイ」を制作。昨年展示した繭の作品「すでる」(変態・再生・生まれ変わり)から発展し、飛び立つという意味で、繭から孵った蝶を創り上げました。「琉球の7神、7御嶽を写真7枚に見立て、ここに7つの神があることを表しています。写真は、やんばるの自然と、同じく世界自然遺産が見込まれている西表島の自然を写したもの。境界線を表現したくて、写真の上はカラー、下を白黒にしています。それと同じくワイヤーアートでも、指から出ている黒い糸を境界線に。糸を雲海に見立て、その上下で分かれるイメージ。本来の色を失くしつつある我が島へ、『そのままで大丈夫なの?』というメッセージをこめています」

塩屋小学校には、「クラフト部門」も設営されています。「YAF CRAFT MARKET」と名づけられた期間限定のクラフトショップ。やちむん(陶器)、琉球ガラス、紅型、芭蕉布、染織物、木工、漆など、沖縄で生まれた個性豊かな工芸品が、ひとつの部屋にずらりと並ぶ様子は圧巻です。室内は、「種水土花」が植物の装飾、「Jungle Studio」が什器を担当。参加アーティストが自ら創り上げた空間も大きな魅力です。その「クラフト部門」に参加している喜如嘉芭蕉布織物工房と城間びんがた工房が共演する「糸と色の効能」も今年のみどころ。400年以上の歴史を持つ芭蕉布、300年以上続く紅型工房。沖縄が誇る伝統工芸が邂逅した貴重な特別展示です。

塩屋小学校から北上した辺土名商店街では、西野達「忘れようたって忘れられない」と出会えます。真っ白に塗られた建物は、何かを語るようであり、何も語らないようであり。言葉にしがたい、圧倒的な存在感に魅了されます。

「辺土名商店街は、今回の候補地ではなかったんですが、たまたま立ち寄ってみたら大好きになってしまって、この街でどうしてもやりたいと頼みこんで実現しました。この建物は、辺土名で2番目に古い鉄筋の建物。2019年7月に撤去予定だったんですけど、すごく気に入ったので作品を作らせてほしいとお願いしました。最初は共同売店で、その後に『ひかり医院』となって、街の人にとっては思い出深い建物だったはず。それがいつのまにか忘れ去られて廃屋になっていた。そんな思い出をコンセプトに、おぼろげながら記憶に残っている部分を表現してみよう、と。建物の細部を全部消し去って、窓も入口もふさいで、おぼろげな建物の存在としてモニュメント化することにしました」

その建物から、少し歩いたところにあるのが「YANBARU HOSTEL」。古いものに新しい価値を生み出していこうと、ホテルとして使われていた築46年の建物をリノベーションし、2019年6月ホステルとしてオープン。今回の会場となるのはラウンジエリアで、Yuko Moriiによる植物のオブジェ「Love Sanctuary」がその空間を美しく彩っています。「今回の『黄金之杜』というテーマを考えたときに、久高島のおばあちゃんたちと島の植物を使って一緒にいろいろなものを作ったことを思い浮かべました。入口の大きなアーチは、久高島の儀式『イザイホー』に使われるクバで作ったもの。ほかにも神事に使われるリゴディウムなども使い、ただの造形ではなく、エネルギーと愛をこめて聖域を形にしてみました」

大正14年に建築された大宜味村村役場旧庁舎は、沖縄に現存する最古の鉄筋コンクリート建築。台風による風圧を軽減する目的の八角形の形状など、画期的な設計という点でも注目されている建物です。

この建物に魅せられたアーティストが、信藤三雄とKeng-Shing。信藤三雄は、本フェスティバルのメインビジュアルにおいて、アートディレクションと写真撮影を手掛けています。村長室だった2階の空間を使って展示したのは、琉球弧の島において、女性の間で古くから伝わる入れ墨の風習「ハジチ」にフォーカスした作品。八角形にちなんで、伊江島、石垣島、宮古島、沖縄本島など、8つの島に伝わるハジチの柄を描いたオブジェを制作しました。「メインの作品となる巨大な手に描いたハジチには、8つの島の柄をすべて共存させています。ハジチは、今の沖縄で消えつつある文化。この昔からある建物で展示することで、残っている文化と、なくなりゆく文化の融合を表現してみました」

大宜味村村役場旧庁舎の1階には、NIKUGUSOTARO(野性爆弾くっきー!)による「キジムナーと肉屋敷」が展示。会場を、沖縄の妖怪キジムナーが密かに好む「肉屋敷」に見立て、中央に「肉柱」を設置。そこに自らのデスマスクをたくさん飾りつけるという作品です。開催される3カ月前から、沖縄をたびたび訪ね、少しずつ制作。制作中の様子は、自身が出演する沖縄アートを探訪する番組「MOI AUSSI BE TV」(OTV)で放映されました。

日本最南端の沖縄という場所で、アートと自然の融合を試みを続ける『やんばるアートフェスティバル』冬の沖縄・やんばるへ、ぜひお出かけください。

やんばるアートフェスティバル2019-2020 山原黄金之杜
会期|2019年12月14日(土)~2020年1月13日(月祝)
会場|大宜味村立旧塩屋小学校(大宜味ユーティリティセンター)、大宜味村役場旧庁舎、オクマ プライベートビーチ & リゾート、辺土名商店街 ひかり医院跡、YANBARU HOSTEL、国営沖縄記念公園(海洋博公園・熱帯ドリームセンター)、カヌチャリゾート、名護市民会館前アグー像 ほか
入場|無料
主催|やんばるアートフェスティバル実行委員会
共催|大宜味村 島ぜんぶでおーきな祭
後援|沖縄県、一財)沖縄観光コンベンションビューロー、北部市町村会、国頭村、東村、本部町、今帰仁村、名護市

問合せ|やんばるアートフェスティバル運営事務局(よしもとエンタテインメント沖縄内)
電話|098-861-5141(平日10:00~18:00)
http://yambaru-artfes.jp


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