音楽を聴く事、見る事

note使い始めました。
淡々と思ったことを綴る癖があるので、Twitterで思ってる事や発言、長くなりそうならこちらに移行していこうかと。
ああいうのはTwitterだから何の気なくその場でダラダラと書くから書けることであって、
こういったしっかりした書く場所を設けたら設けたで続けられないかもしれませんが。

音楽系SNSやSNSを酷使してますが、得意じゃないです。
遡ること10年程前、YouTubeが世に出だしてモバゲーの携帯小説が全盛期だった頃でしょうか。
この頃は音楽をネット上にアップするというのは極一部で行われ、My Space等を利用し楽曲を公開していた方も居たでしょう。
当然TwitterなどなくmixiがSNSの代名詞だった頃です、音楽を届ける手段として様々な媒体を使ってきました。

その中で感じた音楽の形と届け方の変化を連ねたいと思います。

当時はSNSに音楽を上げても音楽関係の中でも更に一握りの人しかネット上から音楽を掴んでくるなんてことはなかったでしょう。
上げても共有した物が無作為に広がるなんて場所がなかったんですから、今思えば当たり前です。
My Space、モバゲー(音楽投稿枠)、ニコニコ、YouTube等
色々使ったわけですが、新しいサービスを利用し音楽を提供するというのは、
今や当たり前ですが、この当たり前に至るまでの間に顕著に変化したものが視覚効果です。
所謂MVというやつです。
MP3のストリーミングから動画媒体となり、音楽を制作しても”見てもらう”事を意識し制作するのが数年前から突入した現在であり、当然制作や共有においてのハードルが高くなりました。コストもかかります。
その上入る収入は見合った物とは言い切れないのが現実です。
かと言って、”映像がなければ音楽を楽しめない”なんて人も多いでしょう。
この層を増やしたのが昨今の流れの副産物でしょう。
この副産物が悪い意味か良い意味かは置いときます。

MVはPVでもあり、テレビの音楽番組でしか見られない貴重なものでもありました。
だからMVはプロモーションビデオとして利用価値が高かったと思います。
当時は費用対効果も高かったでしょう。
当たり前にYouTubeにある今は価値として薄れ、あって当たり前、
音楽とMVの親和性の高さで曲の良し悪しが決まることも多いと感じています。
当然、それが悪い事ではないと思いますが。
解ってる人は解ってるでしょう、それが自分の首を絞めていることだと。

音源を広く伝えなければならない、売らなければならないというところに対して、
現実は映像×音楽が人気がありますが、DVDなどの映像は例え販売しても全く持って利益をもたらしません。YouTubeにあるのだから。
音楽を世に放つうえで映像がなければならないというのは、
今の音楽界では回収しきれないリスクと隣り合わせです。

そもそもで言えば、そこに重きを置けば、
主となるコンテンツ”音楽”を売りたいとは全く別の動きにすらなりえると思っています。
効果的にMVを制作するというのが重要であり、あくまでも良きタイミングで音楽に映像を添えるスタンスにシフトしなければ、
「コストはかかり回収できないが、しかし人気はある。」
という不毛な戦いとなると思います。
またそういう物が消費サイドの基準となるでしょう。
そこが基準となったアーティストは音×映像から離れられない状態であり、
本来売りたい音すら売れないなんて事情も多いと感じています。

MVはプロモーションであり、自らを広告とし効果を見込むものでもありますが、昨今そんな意識すらなく、ただ派手に音楽を”見せる”ツールとしか感じていません。

ただMVを乱発する事はあまりに危険だと、ここで一旦提示しておきたい。

この一連の流れがあり、昨今急激にシェアを伸ばす音楽系ストリーミングサービス。
ここに映像の入り込む余地なんてありません。
当然MVから知って聞くなんて人もいるでしょうが、この場は音のみが蔓延る場所です。
Spotify等はWi-Fi対応スピーカーやスマートスピーカーとの組み合わせで本領発揮し、その組み合わせは席巻することでしょう。
音楽ライフを楽しむという根本を変えるものであり、より生活の一部に音楽を組み込めるものです。
プレイリストからだらっと流す、スマホの通信費はかからない、聞き放題、垂れ流し放題。
常に音楽がそばにある状態です。

そこで結局戻ってきたと感じています。
MP3のストリーミングから映像系ストリーミング、そしてまたMP3のストリーミング。
聴く側も敷居が低く感じられ、ラフに気軽に楽しめる状態。
簡潔でいいですよね。こうなることを望んでいました。

ここで個人的で些細な疑問ですが、
映像に重きを置いた音楽を、音楽が聴きたいとなった時、誰が聴こうと思うんでしょうか。
別の音楽に重きを置いた物を聴きたくなるんじゃないでしょうか。

音楽を世に放つという名目がいつの間にかすり替わり、映像がなくては売れないなんて先入観の末、性質が変わってしまったそれは音で勝負できるものだと言い切れるのだろうか。
当然音も拘り、映像も拘っていると思いますが、音だけになった時何かが欠けている。足りない。満足できない。
そう思わせたのは他ならぬ音楽業界だと思う。

音楽系のアーティストはどこで勝負してるのかといわれたら、
音楽だろう。自分はそう思っていました。

その世界を表すアートワークやMV/PVも必要。
が、音楽の良さや魅力はその視覚効果とは別にあると思っています。
最近、音楽は割と無力であるなんて言葉を目にしたが、
音楽は作り手によって、いつもそこに力強く存在していると思っている。
力を発揮させない、させられないことに対して疑問を抱くべきだと。

それに伴いどうすれば広まるのか、どういう心持ちでいればいいのか、
ビジネスとして成就させるには、新しい手法は、ヒントはどこに落ちてるのか、色んなことを考える。
経験を積むほどに小難しい事を考えるようになりました。
ただ、バンドやオケを経て、一人で作り始めた十年ほど前から何も変わっていないのは、音楽の力を信じていること。
それが音楽として現れるということ。

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