第30回: 1/10×100=? (May.2019)

 “イノベーション” が “グローバル” 同様、カタカナで語られるようになって久しい。15年以上前、モノ売りからサービスへの転換を企図するメーカーの “ビジネス・イノベーション事業部” に席を得たが1年余りで頓挫・解散してしまった。ネットベンチャーの “新規事業” は “新規顧客開拓” に留まった。案はあっても顧客や取引先を懸念して一歩が踏み出せない、始めたは良いが社内に抵抗勢力が多い、“思ったほどの成果” に至らず数年で撤退・ご破算。。。いずれも幾度となく直面した光景だが、敗因はイノベーションもグローバルも共通している。

 そもそも成功するか失敗するか誰も何も試す前から精緻な投資計画を弾けるわけがない。慎重に検討を重ねて経営陣に諮り、口を開けばリスクの指摘しかしない取締役全員が納得し、決裁が通る頃には時代は既に変わっている。現場が遠ければ軌道修正もままならず、賞味期限切れの計画が粛々と遂行される。“まだ本格的に事業を推進できる体制が整っていないから” と市場に出ることすらしないまま、もはや何に使えるか分からない資産と苦悩の経験のみを積み上げる。

 時にIRにも謳う肝煎り施策だから、獲らぬ狸への投資は奢りがちだ。鉛筆一本買うにも相見積もりと事前承認が染みついた日本のサラリーマン、肩書きは現地責任者でも、試しにやってみる、うまく行けば儲けもの、では本社に説明がつかない。市場も技術も競合さえも日々変わる中、何かを始める前に万全な事業環境や潤沢な経営資源が整うことはあり得ないが、設備や人員、イベント、と “形を整える” ことに奔走するばかりで時間は過ぎていく。

 赴任した駐在員が “まずは現地をよく勉強し。。。” と挨拶し、2年目になると “なかなか想定通りに進まない。。。”、3年目は “そろそろ何か成果を。。。” と言いつつも、4年目になると “今から新しいことを始めては後任に迷惑が。。。” と決まり文句を繰り返して何も事を起こさないのは番頭さん以下のスタッフもよく知っている。現場からは逐一日本の本丸にお伺いを立て、殿様が遠眼鏡を覗いて定めた施策が伝えられるが、暫くすると次の殿様が脈略のないお触れを出し、ようやく一段、二段と積み始めたばかりの石をご破算にする “賽の河原” 経営は、もはや日本企業の十八番とも言える。

 “Innovation in India!!” プログラムを推進している。SDGsのロゴやテーマを掲げなくても、政治も行政も、大企業もスタートアップも、学校も学生も誰もが今すぐ、目前の社会課題を解決しようしているインド。収益確保や持続的成長の前に社会貢献、などと敢えて声高に叫べば返って怪しまれるほど、Political Correctnessは企業経営の大原則。イノベーションやグローバルを志向・試行する日本企業がインドを選ぶ名目・口実はいくらでもある。

 当地で日本が答えを探るべき問いも明確だ。これまであらゆる日本商材を紹介してきたが概ね “1/10×100” への解が出せずに行き詰まる。人口や国土を引き合いにインドはケタチガイだと案内しているが、単にデカいだけではない。価格を1/10にして100倍の数量を裁き、結果、10倍の事業規模を目指すビジネスモデルへの挑戦が “グローバル・イノベーター”として生き残るには欠かせない。

 日本市場向けの商品に物流費とマージン、諸税を乗せては、例え減価償却済みの型落ち製品でも市場の求める価格に収まらない。日本の技術・品質への期待はあれど、積み上げたコストから "いくらか割り引いた" レベルでは、到底、 "インドでシェアを獲る" に至らない。〇割引の型落ち製品でなく、1/10の価格で最新のグローバルニーズに応える仕様・製法から考えねばならない。

 更に難しいのが市場への供給力だ。日系グローバル企業に当地での商機を案内して “当社の年間生産量を遥かに上回る” と断られた経験が幾度もある。日ごろのお付き合いのない、ブランドすら知られていない、重層的な代理店を通じて、未知の市場に配荷する体制を整えながら、営業・マーケティングを進めていく手法も、日本が手慣れたこれまでのやり方とは異なるだろう。

 広大な国土と交通環境・流通事情、面と向かって話し握手したはずの約束の前提の違い、Indian "Stretchable" Timeなど、実際に身をもって経験しない限り、日本育ちの想像力は到底及ばないことばかり。企業としての格や規模に拘り当地の大手企業を頼っても、返って反故にされたり門前払いを食らったりというケースも後を絶たない。まずは自ら、小さく素早く活動してみることをお勧めしている。

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