第34回: 地図の裏側にあるもの (Jul.2019)

 インター校の夏休みに併せて家族が日本に戻った数週間、数年ぶりの独り暮らしを強いられた。朝食は近所の街角でDosa・Vada・Idli・Bathを、昼はクライアントの社食で日替わりThaliをお相伴する日々だが、夜は自宅でゆっくりしたい。ビール・ワイン・ラム・シングルモルト等、豊富な地酒のチョイスに合う食事を考える際、滅法役に立つのが即配事業者だ。都心に居れば30分も待てば食べたいものが熱々で届けられる。渋滞を経て店まで辿り着き、目当てにしていたメニューが “今日はない” と言われ、こちらの好みを無視したお勧めばかりする店員と折衝を重ねた挙句、要望と全く異なるものが供される、という常態からすれば、十二分に便利で快適だ。

 思い返せば暫く前まで、“住所のないインド” に宅配などあり得ないと言われていた。そもそもGoogle map以前は世界中どこを訪れるにも、近くの目印を探し出し、電話で迎えと落ち合い、見失わないよう後を追ってようやく辿り着ける目的地、言語と地理に明るいガイドを雇うのが必須だった。未だ住所記入欄に “Landmark” が設けられ、○○寺院斜向かい、××銀行裏手、△△薬局脇を入った突き当り、といった記載が求められるのは、宅配担当者の “地図リテラシー” からすれば当たり前の話だ。

 そもそも地籍制度のない当地、殊に工業団地は政府等が買い上げて “いったん綺麗にした土地” が供される。さもなくば真偽を確かめようもない過去の地権者が続々と現れ、小銭・大銭を要求していく。金で片が付けばまだ好運、対応に強いられる徒労・心労、何より時間は馬鹿にならない。“売り切れ寸前” と急かされて焦って土地を買ったはいいが、後で何の戦略性も必然性もなかったことに気付いて途方に暮れるケースは未だに良く見る。

 今やリキシャ運転手すら輪ゴムでハンドルに括りつけたスマホを操る時代、Ola/ Uberの運転手はアプリ通りの運転に専念してくれた方が寧ろ有難い。止め処ないおしゃべりや感情・気分の発露は時に楽しいが時に煩わしい。目的地を定めて移動している以上、余計なオマケは不要、アプリに従って安全に移動するだけならIoTでも良かろうが、なかなかそれが許される環境でもない。

 即配・宅配やタクシーアプリを使う際、また家電修理や電気・水道工事の作業員を呼ぶ際、GPSを追う限り近くまでに来ているのにココマデ辿り着けず、何度も電話で確認した挙句に諦めて帰ってしまうことがある。いくら地図に矢印が示されても、その通りに道を辿れるのが “スキル” なのだと気付かされる。日本人なら知らない言語も読み解こうものだが、唯一の共通言語であるはずの英語と地図があっても伝わらないことは多い。

 先日、十名超の日本人訪問団の “インド体験” をプロデュースした。リキシャに乗りたい、と要望を受け徒歩十分の距離をどう辿り着けるか、ちょっとしたゲームを試みた。3組に分かれた結果は正にケタチガイ、同じ距離・同じ人数の移動にRs.40を払ったチームありRs.400を払ったチームあり。“この土地の者でない” と判じられるや否や全く別の価格表が適用されるのを改めて体験した。

 徒歩はタダで自由だが距離や天候に因っては現実的な移動手段にはなり得ない。バスやメトロは数十円の規定料金だが路線は限られ、ラスト1マイルの接続性に課題が残る。リキシャやタクシーは例えアプリを使って目的地を柔軟に設定できても、価格や来るか来ないかにも柔軟な部分が残る。渋滞の中を自ら運転するのは疲れるし駐車場探しにも時間を要する。運転手を雇えばまた違った苦労が絶えない。ビジネスオーナーが何より会って話すことを重視するのは、移動して “会う” ことに要する莫大なエネルギーへの先行投資を評価しているのだろうと感じる。

 地図とアプリとIoTと、移動や物流、設備管理から農業までGISを起点とした新規事業・スタートアップは多いが、実際にデータを活用するにはこの地の実態を理解することが欠かせない。 “Innovation in India !!” を実現するにはインドへの深入りが不可欠、まずは数か月この地で生活してみることから始めてはどうだろうか。

 (ご意見・ご感想・ご要望をお寄せください)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?