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忍術漫遊 戸澤雪姫 その09 『偽せ雲助』

間もなく日も暮れて、月はまだ出ない。折柄通った一挺の駕籠、辻堂で人の気配がするからノコノコ近寄って来て、

甲「ヤッ、お客様ですかい。あなた方は何所へお帰りなさるか知りませんが、友達が腹が痛い痛いというので、途中で暇取ってこんなに遅くなったんですが、幸いお乗りになすっておくんなさいまし。一挺でげすから、何方でもお乗りなすって下さいまし。オヤッ、あなたの方が足を痛めていらっしゃるんで……どうでしょう、乗っておくんなさいまし」

云われて野宿だと思っていた雪姫も、

雪「それは丁度幸い、それでは笹岡までやっておくれ……乳母や、お前は駕籠にお乗り。私は後から付いて行くから……」

道「イエイエ、お嬢様、滅相もない事、私は我慢をいたします。決してご心配には及びません。あなたを歩かせて私がどうして駕籠に乗れましょうぞ、もったいない」

雪「イエイエ、その足では歩く事は出来ぬ。サアサお乗りよ」

雪姫もこの時分は大分旅慣れて、言葉などはお姫様言葉もスッカリ変ってしまった。強いて拒むお道を乗せた上、

雪「サア、やっておくれ。私は結構、駕籠に付いて歩くから」

駕「畏まりました……」

駕籠屋は担いでドンドン走り出した。雪姫は続いて急ぐ。向うは山道に慣れた人足、こちらは素人、忍術使いでも、なかなか歩き難い。雪姫はとかく遅れ勝ちになる。ところが雪姫は幾ら暗くてもそれでは屈服しないが、木の根っこにつまづき、ブッツリ草履の紐が切れた。

雪「アア失策った。駕籠屋さん、チョイと待っておくれ」

駕「どうかなさいましたか」

雪「木の根につまづいて草履の紐が切れたからチョイと直します」

駕「ヘイヘイよろしゅうございます。ユックリお直しなさいまし」

と云うが駕籠屋はズンズン行く。

雪「コレ駕籠屋さん、お待ちというのになぜ待たぬ」

雪姫は駕籠を追って行く中に何所へ行ったか、駕籠屋は見えなくなってしまった。

雪「アッ駕籠屋、駕籠屋」

駕籠屋は提灯の火をプッと消して、木の茂ってる闇を縫ってドンドン行く。駕籠の中でお道が気を揉み出し、

道「コレ駕籠屋さん、お嬢さんがあんなに呼んでいらっしゃるのに、どうしたのだい」

駕「ナアニ、ここが本街道ですから、道は一筋道、ご心配には及びませんよ。今に後からお越しになります……」

云いつつ横道を走って行く。お道は中で気が気じゃない。一二丁も来て不意にピーと呼子の笛が鳴ったかと思うと、駕籠はピタリと止った。

△「どうした、どうした」

○「上手に引き摺り込んで来た」

△「そいつは良い塩梅ェだった」

○「サア降りなせぇ」

道「ナゼこんな所へ……」

□「グズグズ云う事ねぇ、幾らか金があるだろうと思って、ここへ連れて来たんだ。胴巻の金をこっちへ出せばいいんだ」

と、ソロソロ威し文句を並べ出した。お道は柔術では五人や七人手玉に取るのは少しも恐れない女だが、雪姫の事が気になってそれどころではない。

道「なにをお前はつまらない事を云うのだえ。お嬢様の所へ……」

云っているのを九人の荒くれ男たちがクルクル取り巻いて、

男「サアサ、グズグズ云わねぇで金を出してしまいな。出さねぇと仕方がねぇ。生命ぐるみ貰わんけりゃならねぇ……」

道「無礼な事を申すな」

□「なにが無礼だ。ベラボウめ。俺に向って無礼咎めが聞いて呆れらァ、どうせ神様や仏様のする仕事じゃねぇ。四の五の云いやがると引っぱたくぞ、ソレッ」

荒くれ男たち、竹の息杖を取って打ち掛ると、お道は立ち上がって、

道「無礼をしやると手は見せぬぞ……」

と云いさまギラリ用意の懐剣抜いた。

△「オヤッ、阿魔っちょが抜きやァがったな」

○「エエイ、シャラ臭い……」

四方より打ち込んで来る奴を、引き外しては右手に懐剣閃かせ、左手に一人の奴を引き付かんでヤッと投げる。

△「オヤッ、此奴なかなか味をやりやァがる。ソレ……」

隙間もなく打って掛かって来る奴を、お道は屈っせずたゆまず、大勢相手に闘っている。

それに引き換えこちらは雪姫、駕籠を見失い気を焦(いら)ち、

雪「お道やお道、乳母や乳母、駕籠屋待て待て……」

と呼ばわり、呼ばわり、訪ねたが、どうしても分らない。

雪「アー残念、虫が知らせたか、嫌な雲助だと思ったが。お道の事ゆえ、二人や三人にはやられはすまいが、路用のお金はみんな持っているゆえ、あれを取られては大変じゃ……イヤお金はどうでもいい。乳母の身体に別状がなければよいが……」

と山の中を彼方此方と訪ねて見たが更に分らない。だんだん奥へ奥へと迷い込んで来ると四丁向うにチョロチョロと灯が見える。戸口に駕籠が一挺据えてある。

雪「さては……」

と忍び寄って覗いてみると、最前の駕籠屋が向う鉢巻をして居並び、酒を飲みながら大きい声で話し合っている。

△「マアよい塩梅だ。チョイと二百両仕事……しかし恐しい強い女だったが、マアマア陥穴(おとしあな)の計略で上手くやった」

○「フム何人投げられたんだ……オヤオヤ文公は横っ面をスリ剥いてらァ」

文「スリ剥くもネェもんだ。だが一人前十両にはなるだろう。十七人仲間がいるんだから、十両キッチリだ。当分よい正月が出来る」

と話しているのを聞いている雪姫は、

雪「さては乳母は陥穴の計略にかかったのじゃな。ここにいるであろうか。早く助けてやりたいものじゃが……」

と、思いながら口中に呪文を唱えるとパッと姿が消えた。モウ雪姫はチャンと内部へ入り込んでいる様子、強盗どもは二組に分れて酒を飲んでいる。雪姫は探すのも面倒と思ったから、内輪喧嘩をさせてやろうと、徳利の中にソッと囲炉裏中の灰を摘み込み、前にある大丼の中の肴へ一握り放り込んだ。するとと一人の奴が蛸の足を一本摘んで口へ訪張ったかと思うと、

□「ムニャムニャ……アッ……」

と吐き出して、

□「アッ不可ね、ヘペッペッペ……ゲーゲー誰だ、酒の中へ灰を入れやァがったのは……ウーム、手前かニタリ笑っていやァがるな、大方手前がやったんだろう。勘弁出来ねぇこの野郎……」

と、横面をポカン、

甲「アイタタタ、俺を張りやァがったな……ウーム、なんにも知らねぇ俺になんで手を掛けるんだい……」

ポカーン、互いに殴り合いを始めた。すると双方に加勢があって、ヤレヤレとけしかける。加勢同志がまた殴り合いを始めた。すると次の間でも同じくやりだした。なんしろ酒を飲んで元気付いているから堪らない。捻り合う、殴り合う、掻きむしり合う、十七人が転んず転んずやり出した。雪姫はその間に押入をカラリ開けてみると、果して乳母のお道は手は手、足は足で縛られ、猿轡をかまされている。雪姫は素早くその縛めを解いてやって、

雪「乳母や、怪我はないかえ。静かに静かに……」

道「オオお嬢様、よく来て下さいました。私はどうなることかと心配いたしました」

雪「お前に似合わんではないか」

道「イエ、お嬢様、私は五六人は取って投げましたが、不意に陥穴にはまり、それで残念ながら召し捕られ、胴巻を奪われました。幸い怪我はございませんゆえ、これから彼奴等を小口より私が打ち懲してやります」

雪「お待ちよ。喧嘩をさせているのだから、疲れるまでやらせて置いて、その上で二人でしばり上げ、酷い目に逢わしてやろう」

と、示し合わしているとは知らず、二十人の奴等は入り乱れてドスドスやりあっている。次第に怪我人も出来る。疲れて来る奴もある。果ては一同がそれへ平倒れ込んで仕舞って、

△「アイタタ……苦しい苦しい……乃公(おれ)の鼻の先を齧った奴は何奴だい……」

と口では元気そうにいっても、身体が疲れ斬って皆フラフラと夫れへ平倒り込んで仕舞った。この体を見ると雪姫はお道と共にスッと押し入れの中より立出で、九字を切ると二十人は身動きが出来なくなった。夫れを見るとお道はツカツカと立現れ、

道「コレ、お前らはよくもわたしを陥穴にはめたな。お前等の十人や二十人に負けるわたしではないが、ツイ油断して負けたのだよ。これから仕返しをして上げるから神妙にして居るが宜い」

いわれて二十人はアッと驚き、

△「オヤッこの阿魔奴……」

飛び起きようとしたが、身体の自由が利かない。

△「アッ、足が叶わない。ウームウーム……」

二十人が二十人、目ばかりパチつかせて藻掻いている。お道は構わず懐剣を探し出して、小口より頭を剃る。剃るのじゃぁない削るのだ。

□「アイタアイタウームウーム水でもつけて剃って呉れ。痛い痛い」

道「贅沢をいうものではない。まだ生命があるのを有り難いと思うが宜い。オオ卒度(どうぞ)お嬢様お気の毒でございますが、どうか一つ手伝って下さいまし」

雪「宜いよ、手伝って上げよう……」

二人がかりで剃る。見る見る十七人は赤坊主になってしまった。悶え苦しんで居る奴を雁字搦(がんじがら)めにしばり上げ、柱に括り付けて、其の上二十人の懐中を探って見ると、二分位や、中には七八文という奴がある。

雪「コレお前は胴巻を何所へやった」

△「ウーム知らぬ知らぬ」

雪「知らぬ。いわないと酷い目にするよ……」

△「アアいいますいいます……ソ、其の畳の下に敷いて……」

雪「此処かえ……」

と、其の畳を起して見ると、中から胴巻が出て来た。中をしらべて見ると、ソックリ有る。

雪「これで生命は救けてやるが、わたし等を全体誰だと思っているの。お前等にいって聞かすと名前が汚れるかも知れぬが、後学の為にいって聞かせる。忘れない様にするが宜いよ。わたしは摂州花隈の城主戸澤山城守の娘雪姫、これはまた乳母のお道というのだよ」

皆「エッ……」

雪「ホホホ、何も吃驚する事はない。わたしは忍術使い、忍術は男ばかりの知っているものではないよ。よいかえ。この後悪い事をすると承知しないから忘れない様にして、わたしの名前を何所かへ書きつけて置くがよい。ホホホ、揃いも揃って弱い者ばかりだね。お前達が二十人束になって来って、わたし等は恐れないのだよ。コレ乳母や、お腹がすいた様だ。一つ御飯を食べ様ではないか。探してこれへ持っておいで」

大胆不敵な雪姫、賊の住処で食事をする心算(つもり)だ。

ちょっとした解説:駕籠屋に騙されてってのは、いつもの通りよくあるパターン、無敵とも思われる雪姫が、ちょっとした油断から置き去りにされてしまうのは面白い場面だ。この章の後、雪姫も旅慣れてきて、いよいよ本格的に人助け、世直しの旅となっていく。それにしても御目付役兼ボディーガードのお道が、今のところは腹痛になったり、誘拐されたりと全く頼りにならない。後々やや活躍する場面も登場するので、ご期待くださいといったところである。

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