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マイクロバイオーム多様性

前回ヒトの腸内に存在しているマイクロバイオータの大切さについて紹介しましたが、耳なれない言葉かもしれないので、少し説明を加えたいと思います。

マイクロバイオータは、「地球上に生息している細菌や菌類、ウィルスなど全ての微生物の総称」です。
そして、「ヒトのからだの内側や外側に住んでいるあらゆる微生物の集合体」のことを、「ヒトマイクロバイオータ」と呼んでいます。
ヒトのからだには、皮膚や生殖器、鼻腔内、口腔内、腸管内などに、それぞれユニークな微生物生態系が存在しており、前回話題にしたのはそのうち腸管内に住んでいる微生物たちのマイクロバイオータです。
腸内マイクロバイオータは別名「腸内フローラ」とも「腸内細菌叢」とも呼ばれ、人体における最大規模の微生物生態系を構成しています。

微生物学や遺伝子学の世界では、「マイクロバイオーム」という言葉もよく使われますが、これはマイクロバイオータが持っているゲノム(遺伝子)情報のことを意味しています。
腸内細菌叢の組成を調べるとき、以前だと採取した糞便からシャーレで培養し、菌の広がり方を見て判断していたため、その花びらのような形から「腸内フローラ(お花畑)」と呼んでいました。
しかし腸内細菌たちは、酸素のある環境では生き続けられないものがほとんどを占めていて、この方法では一部の種しか確認することができませんでした。
最近ではゲノム情報を解析して菌の種類や量を確認できるようになったため、腸内細菌世界の全体像がわかるようになり、それをもってマイクロバイオームと呼ぶようになりました。

ヒトのからだ本体を構成する細胞に含まれているゲノムは、1990年から始められた「ヒトゲノム解析プロジェクト」によって、2003年にはその全ての塩基配列が解明されています。
その結果ヒトの細胞内にある意味を持ったゲノムは約21,000個で、ミジンコのゲノム31,000個よりも少ないことがわかってしまいました。
この成果に失望した世界のゲノム学者たちは、次にヒトマイクロバイオータの遺伝子情報を解明するプロジェクトを立ち上げ、2012年に第一回目の報告が発表されました。
その報告によると、腸内にいるマイクロバイオームのゲノムは440万個あり、なんとヒトゲノムの200倍もの情報を持っていることがわかったのです。

ゲノム解析が進んで、マイクロバイオータのゲノムがどんなタンパク質を作りだしているかが解明されるにつれて、ヒトの腸内における彼らの多種多様な働きが見えてきました。

  1. 栄養分の消化、吸収をアシストしコントロールする

  2. 食物繊維を分解し、腸管から体内に吸収できる形にする

  3. ビタミンやホルモン、神経伝達物質など多種の有用化学物質を産生する

  4. 有害ウィルスや寄生虫などが、体内に侵入しないよう防御する

  5. 腸管免疫機能を調整し、過剰に働かないようにする

  6. 食べ物と一緒に入ってきた有害物質(ゼノバイオティクス)を解毒する

  7. からだの代謝を統括し調整する

  8. ホルモン系に作用して過大なストレスを取り除く

このようにマイクロバイオータは、人体内の各種の細胞たちと緊密なコミュニケーションをとりながら、ヒトの健康状態に多大な影響を与えています。
彼らの組成により食事から吸収するエネルギー量が変わってくるため、太りやすい/痩せやすいといった体質に対しても、直接的な影響を持っています。
アレルギーや自己免疫疾患、高血圧、高脂血症、糖尿病など様々な疾病に関係していることもわかってきました。
さらに最新の研究では、脳やその他の神経系で使われる神経伝達物質のバランスを保ったり変えたりすることで、情緒や感情の変化、不安症、睡眠、記憶、認知、学習など、精神的な働きに大きく関与していることも明らかになりつつあります。

マイクロバイオームはマイクロバイオータの持つ遺伝子の集合体のことですが、その多様性がヒトの健康を作り保っていると言っても過言ではないというのが、最近の研究者たちの共通認識となっています。
3歳から100歳までの「非常に健康」とされる1,000人の中国人を共同調査したカナダと中国の研究者らの発表によれば、彼ら(超健康者)はマイクロバイオーム多様性という共通の特徴を持っているということがわかりました。
90歳を過ぎても飛び抜けて健康な人は、30歳とさほど変わらないマイクロバイオーム多様性を維持しており、逆に「マイクロバイオーム多様性が失われていく度合いを測れば、それが老化のバロメータになる」と、研究者の一人であるウェスタンオンタリオ大学医学部のグレゴール・リード教授は言っています。

アイルランドの科学者グループELDERMETの研究では、食事の変化が引き金となって、若い頃の相似性から老年期には相異性へとマイクロバイオームが変化していき、それに連れて多様性も失われていくのだそうです。
それではマイクロバイオーム多様性を育て、維持させるためにはどうすれば良いのでしょう?
次回はそのことをテーマにしようと思います。

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