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募集行為【呼びかけること】と自分のコア。



突然ですが、何か募集をすること、ってすごく勇気が要りませんか?


私いつも思い出すんですが、小学生の時の「この指とまれ」って、すごいトラウマなんです。

休み時間になって、

「鬼ごっこするひと~」

「セーラームーンごっこするひと~」

って、いろんな声掛けが多方面からなされますよね。

私はその声かけは【絶対にしない】子どもだったんですが、


「〇〇するひと~」って呼びかけても誰も集まらず、しょぼーんとした子どもを見るのが、内心すごくイヤでした・・。


そうなんです。

自分から何かを呼びかける、募集する、ということは


【それに対して誰も集まらないリスクを背負う】

・・・ということと表裏一体なんですよ。


あと、街角の飲食店の入り口の前で、
コックさんみたいな方が

「あー・・今日だめだなこれ・・」

みたいな感じでタバコを吸ってる姿、とかも昔から苦手です。切なくて。


でもそんなかんじで苦手苦手、と言っていた私は、

それなら会社員していればいいのに、


自分から何かを呼びかけたり募集しないと成り立たない自営業になってしまったんですね~。


何の因果か。

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そんな感じで未だに【呼びかけ、募集】に対して苦手意識があるわけですが、

こんな私を救ってくれたのは内田樹先生です。
(尊敬し、勝手に師事しているので先生呼び)


内田先生はコミュニティに関する本もたくさん出していて、


学者ならではの人類学的叡智からのヒントが盛りだくさんなので、

これからコミュニティ要素をビジネスに取り入れようという方には猛烈におすすめ(というか必須)なのですが、

今日は違う話。



内田先生はお若い頃から合気道教室を主宰されていたんですが


あるときは台風が来ており、教室の開始時間になっても誰も来ない。

でも内田先生は時間通りに道場に入り、着替え、畳を引き、その道場でずっと座禅を組んで待っていた。

そのときに、


「場の主宰者というのは、誰が来ても来なくても、その場を維持することが仕事である。

誰が来ても来なくても、自分は自分の先人から伝えられた合気道を後進に伝えるという使命があるのだから、その一本通った筋があれば一切ブレることはない。

誰も来なければ、自分の技を磨く稽古をするだけである。

そういう日もあっておかしくない。」


って思ったそうです。

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だからといって、募集に対して反応がなかったら、現実的にはショックですよ。

何か伝えたいことがあっても、受け取ってくれる場や人がないと成り立たない。

内田先生だって悲しかったからこそああやって考えたんだと思うし、


街角のコックさんだって残念な気持ちになってると思います。


でも、そういう日もあっておかしくないんですよね。


じゃあそういう日に何が自分を支えてくれるのかというと、


それは内田先生にとっては
「合気道を途絶えさせてはいけない」という想いだと思うし、

コックさんにとっては
「おいしい料理で人々を幸せにしたい」という原点かもしれない。


ここについてはNPOは強いですよ。


巷の「好きなことで楽しく稼ぎたい♪」起業よりも(否定はしませんが)、


たぶん強い想いで、覚悟を持って始められてると思うので、

雨の日、台風の日も乗り越えて、また誰かを待てるのではないかと思います。


苦しくなったら、そんなことを思い出してみてください。

これからも一緒に「この指とまれ」、やっていきましょうね!


それでは今日はこのあたりで。

良き週末をお過ごしください♪


山崎 梨紗






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