見出し画像

あなたの歌を、誰に聞いてもらおうか


日本中に、音楽を愛している人がいます。

その愛は、あらゆるジャンルの、あらゆるスタイルの音楽に向けられています。


僕はその中で、クラシック音楽やミュージカルの音楽、ジャズやシャンソンやフォークに対して、特別な愛情を感じています。


日本には、たくさんの演奏家がいます。

プロもいればアマチュアもいます。そして、学校の部活動やサークル活動で音楽に触れている、という人もいます。

僕はいま、音楽と芝居のプロとして活動をしています。演奏することや演じることでお金を得ています。

しかし振り返れば高校時代の僕は、ごくごく平凡な吹奏楽部員でした。

その当時も一所懸命活動をしていましたし、「音楽家」という生き方に憧れを持っていました。が、いま改めて当時の自分を思うと、どうにも視野狭窄だった部分があるなと感じます。

--------

僕の所属していた部は、県下では有名な常勝校でした。

「常勝校」とはつまり、コンクールでいつもいい賞をとる学校、ということです。

1年を通しての活動の、かなり重要な目標として、2つのコンクールを据えていました。そこで金賞をとって、関東大会へ出場することが部としての大きな目標でした。


コンクールを目指す、という活動の仕方が、一概に悪いものだとは思いません。決戦の日に向けて自分を高めていく、切磋琢磨していくということは素晴らしいことです。

しかし問題なのは、コンクールでの勝ちのみを考えてしまうと、音楽に対する姿勢がどんどん平板化していくことです。

コンクールで勝つためには、コンクールで勝てる演奏をする必要があるからです。

世の中には「コンクールで勝つための演奏法」というのがあるのです。そういうのを全国の吹奏楽部を回って教えることで生計を立てているトレーナーが何人もいるぐらいです。


高校を卒業した僕は大学で声楽の勉強をしました。大学を卒業した僕はフリーランスの声楽家となり、いまでは声楽だけではなく、ミュージカルやジャズを歌ったり、お芝居をしたりすることで生計を立てています。

プロの演奏家には不思議なことに、コンクールはありません。

もちろん、自分で望んでコンクールを受けることはできます。キャリアアップのためには重要な選択肢です。でも、コンクールを一切受けずにプロ活動をしている演奏家もたくさんいます。


僕はまだまだ若い演奏家です。でも、人生を通して音楽を愛してきました。

もしこの記事を、吹奏楽部や合唱部に所属する中高生が読んでくれるとしたら、こんなことを伝えたいのです。


コンクールに向けて練習することは、素晴らしいことです。日々積み重ねた練習の成果を、コンクールの大舞台で披露できたとしたら、これもまた素晴らしい体験です。

あるいは、積み重ねた成果を上手く発揮できないこともあるかもしれませんが、それはそれで、いい経験になるでしょう。

苦楽を共にした仲間と一世一代の演奏をすることで、みんなの心がひとつになる瞬間が、確かにあります。その体験は、あなたの人生にとって大きな支えになるかもしれません。


けれど、音楽には別の側面もあるのです。

音楽は、じつは、ごくごく個人的なものでもあるのです。

あなたの心の中にある、とても大切で、とても繊細で、小指の先でつついただけでも崩れてしまう砂糖細工のような思いを、見つめなおす時間を与えてくれる。音楽はそんな力も持っているのです。


けれど、「練習の成果を発揮しよう」「ミスをしないように演奏をしよう」ということだけを考えていると、その、音楽の別の側面に触れることができずに演奏が終わってしまうのです。


僕はぜひぜひ、こんなことを考えてもらいたいのです。合唱や吹奏楽に取り組んでいるあなたたちに。


あなたは、あなたの演奏を、誰に聞いてほしいですか。

審査員のことは考えなくていいです。審査員は勝手に聞いてくれます。なぜならそれが彼らの仕事だからです。

あなたは、自分が日々頑張ってきた成果を、誰に聞いてほしいしょうか。


その相手は、じっさいに聴きにきてくれる人じゃなくてもいいのです。

お母さん、お父さん、おじいちゃん、おばあちゃん。妹、姉、弟、兄。

あるいは子どもの頃から一緒に育った犬とか、親友でもある猫とか、辛いときの相談相手になってくれるインコとか。

友だちでもいいです。友だちはいないけど、駄菓子屋のおばちゃんには聞いてもらいたいなっていう人もいるかもしれない。

もう会えない人のことを思い浮かべるかもしれません。それでもいいのです。

遠くに行ってしまった人、自分から離れた人、自分は大切に思っているけど会えない人、死んでしまった人。


相手は、誰でもいいのです。過去の自分、という人もあるかもしれません。

演奏するときには、音程のことやリズムのことももちろん大切なのだけど、それ以上に「この演奏を誰に聞いてほしいのか」を考えてほしいのです。

そして、自分が思い浮かべたその人に向かって、普段だったら恥ずかしかったり怖かったりして伝えられないような思いを手のひらに握りしめて、演奏をしてほしいと思うのです。

音楽というのは、そういうものだと僕は思います。




読んでくださってありがとうございました!サポートいただいたお金は、表現者として僕がパワーアップするためのいろいろに使わせていただきます。パフォーマンスで恩返しができますように。