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演劇界の「お金」について分からないなりに考えてみる


演劇は芸術です。

少なくとも僕はそう思っています。

しかしながら、その営みを維持するためには経済活動としての演劇、ということについても考えなければいけません。

現在、演劇および舞台芸術(音楽や踊りも含めて)の業界は非常に厳しい状況に追い込まれています。市中で新しい感染症が流行し、その対策のために客席の可動数をかなり制限しなければいけないからです。

チケット販売の収入を売上の柱にし、その他の収益化の有効な手立てが限られている演劇や舞台芸術にとって、客席可動率が減るということは即、売上が減るという事態に直結します。


現在、おそらく世界各国のさまざまな舞台芸術関係者が日々、次の時代の収益確保の方法についてめちゃめちゃ頭を悩ませています。

僕自身もいろいろ考えてはみるものの、ビジネスについての専門的な教育を受けたことがあるわけでもなく、「ザ・ビジネス」な環境でゴリゴリと働いた経験もないので、どんな解決方法があるのかという提案はうまくできそうにありません。

ただ、一度、「演劇や舞台芸術で売上を生むにはどんな方法があるのか」を整理してみたら、なにかに役に立ったりするかもなぁと思います。

もちろん、なんの役にも立たない可能性はあるんだけど、まあそうだとしても、こういうことを考えるのは僕自身楽しいことなので、ひとつの遊びとして、やってみたいと思います。

で、とりあえず僕はこのところ演劇の場を主軸に活動をしているので、演劇について考えてみます。ただ、おそらく他の舞台芸術もおおむね同じような構造を持っているはずです。


演劇の収益モデル

1、観劇チケット販売

これが最もベーシックな、収益を得る方法です。演劇を上演し、それを観覧する権利を「チケット」という形に変え、売る。

チケットはただの紙だったり電子情報だったりで、それに自体に価値があるわけではありませんが、それを持っていることで演劇を上演する場に入ることができ、ある特定の日時に上演されているその作品を観ることができます。

ある種の「モノ」を売るという意味では、コンビニやデパートといった小売業と似ていますが、観劇チケットの販売の場合は販売できる量の上限があることに注意が必要です。

生の観劇というのは「場と時間」に縛られているため、「その時間に、その場所に来てもらわないと成立しない」のです。当たり前のことですが。

商品が場と時間の限界に縛られているため、簡単に売上の天井を迎えてしまいます。観劇チケット収入の限界は「チケット料金×客席数×公演数」という式で簡単に求められるのです。

たとえば、チケットが3000円、客席数が100席、公演回数が10回という演劇公演なら、観劇チケット販売の収益はどれだけ頑張ってもMAXで3,000,000円です。これが上限、天井です。

ここからさらに観劇チケット収入を増やしたければ、

1、チケットの値段をあげる
2、客席数を増やす
3、公演回数を増やす

という方法しかありません。

1の「チケットの値段をあげる」についてはさまざまな考える余地がありますが、2と3については、特に日本の場合、2年先の劇場予約を各主催団体が争っているような状況ではなかなか現実的な解決策にはならなそうです。

もちろん今回、「感染症対策のため客席数を50%以下にしてください」というガイドライン導入によって公演全体の収益を圧縮されている原因は、観劇チケット販売のこの構造に起因します。


2、グッズ販売

J-POPのアーティストやアイドルなどのライブでは、このグッズ販売による売上がかなり重要な収益源になっているようです。

演劇の現場でも、さまざまなグッズが販売されます。

オリジナルTシャツやタオルはもちろん、有料パンフレット、上演台本、過去公演映像ソフト(DVDなど)、ペンライト、オリジナルマグカップ、キーホルダー、ピンバッチ、出演者ブロマイドなどなど。

小劇場や一部のファンイベントでは、出演者と来場者がチェキでツーショットを撮れるといったかたちでのグッズ販売もあります。

観劇チケットの販売とは違い、グッズ販売は一般の小売と同様に販売数の上限がありません。もし買ってくれる人がどんどん増えていくのならば、それに比例して売上も増加していきます。

ただ、J-POPアーティストやアイドルたちが作り上げているファンコミュニティのように、行くライブごとに絶対にグッズを買うのだ!というようなファンを増やしていくことは、ある種の演劇の場合には非常に難しいことのように思えます。

しかしながら、やはり、売上の天井が(観劇チケット販売に比べれば)ないという点は、非常に魅力的ではあります。


3、映像配信収入

海外では「NTLive」「METライブビューイング」、国内では「タカラヅカスカイステージ」「ゲキ×シネ」などの例があります。

映画館や有料の衛星放送チャンネルなどで、上演した作品の映像を配信し、その視聴に対して課金してもらうというモデルです。

これまで演劇界は、映画やテレビドラマなどとの差別化のために「生で観るからいいんだ」というブランディングを行ってきたために、「演劇を映像で配信する」という商品の売り方については(上記の例をのぞいて)どちらかといえば消極出来だった印象です。

ところが、全客席数に対して50%のチケット数しか販売できなかったり、そもそも客席を稼働させられなかったり、これまで遠方から来場してくださってたお客様の集客が見込めず収益源が明確に予想されるというこの状況になって、

大手から小さな劇団までどころか、俳優個人のレベルにまで「演劇を映像配信する」というやり方が一気に広がりました。

たしかに映像配信は観劇チケット販売と違って、販売数に上限がありません。理論上は配信された映像を視聴できる環境を持っているすべての人間に買ってもらうことが可能です。

これまで劇場の客席数に縛られていた観客の数を、その何倍、何十倍にも増やせる可能性があるのです。

「アーカイブを残す/残さない」「配信先は映画館/衛星放送/各人のPCやスマホ」といった条件の違いはありますが、「場に(場合によっては時間にも)縛られることがない」という点で、映像配信は新たな収益の柱になることは間違いありません。


4、スポンサー料

公演に企業スポンサーがつくと、そのスポンサー料が収益になります。

日本ではたとえば、日本テレビが主催するミュージカル「アニー」は現在、冠スポンサーの名前そのままに 丸美屋食品ミュージカル「アニー」 として親しまれています。(最初の冠スポンサーは日本信販、その後は明治生命だった)

世界経済や国内経済の変動により、企業業績が影響を受けると不安定になるのがスポンサー料の性質です。じっさい、バブル期は演劇のみならずオペラやバレエにも巨額の企業スポンサー料が支払われていたようです。

スポンサーは応援という意味だけでなく、自社の宣伝のためにスポンサー料を支払うという側面が当然ありますので、小劇場で活動している、特にまだ世間にはあまりなの知られていない団体がスポンサーからの支援を受けるというのは非常に難しいところがあります。


5、寄付

アメリカでは公共劇場の運営費の何本かの柱のうちの重要なひとつとして、寄付金が機能しています。日本ではもしかしたら例が少ないのかもしれません。ここは僕のリサーチ不足です。

ただ、例えば日本でもオペラ団体やオーケストラには「賛助会員」という制度があります。これは普段観客として来場する方たちに「賛助会員」となってもらい、年会費などを納めてもらう仕組みです。

それにより、いくつかの優遇を受けることも可能ですが、この年会費はどちらかといえば寄付の意味が強いでしょう。

また、新型感染症の影響で世界中の劇場が閉まった3〜6月には、クラウドファンディングを利用した資金集めがインターネット上でたくさん行われました。

クラウドファンディングは支援した金額に応じてリターンが設定されていることが多いですが、劇場や劇団支援のクラウドファンディングの場合、そのリターンと寄付金額が釣り合っていたかは難しいところなので、これも寄付の色が強い流れだったと言えます。


6、助成金

ヨーロッパや韓国、そして日本の演劇界では、この助成金が重要な収益の柱となっています。ヨーロッパや韓国と比べて、日本の演劇や文化芸術に対する公的助成金の金額は、政府の年間支出を占める割合においてかなり少なくはありますが、

それでも公的な助成金があることで上演が実現しているという公演はたくさんあります。

僕自身が関わった公演でも、助成金をもらえたからこそ企画が実現した、というものがいくつかあります。

演劇はエンターテインメント的要素ももちろんありますが、文化活動としての意義も内包しています。そのため、国や地方自治体、一般財団法人などから助成を受けることによって社会貢献の一環として活動する、という側面もあるのです。


7、権利料

現在に日本の、特に(僕が仕事をしている)商業ミュージカルのフィールドでは、海外で作られた作品の上演権を書い、輸入し、日本語に翻訳して上演するというかたちで興行が打たれることが主流です。

つまり、ミュージカルのマーケットを考えると、日本は「買い手」の立場に立つことが多いのです。

商取引において「買い手」がいるということは当然「売り手」もいるということで、それがブロードウェイやウェストエンド、ウィーンなどで仕事をするプロデューサーや作詞作曲者といった権利保有者たちです。

また、セリフ劇のフィールドでも戯曲を上演する場合には、上演料を権利保有者(劇作家とか、その権利を保有している会社とか)に支払うことになります。上演する側が「買い手」で、権利保有者が「売り手」ということになります。

戯曲使用、楽曲使用ということのみならず、振付や演出にも権利は発生しますし、上演をCDやDVDに記録し販売する際にも権利が発生します。


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●演劇をストックビジネスに


ざっと考えてみて、上の7つを思いつきましたが、僕の見えてないものもあるかもしれません。あったら教えてください。

これまでの演劇公演はその収益の主軸に

・観劇チケット販売
・グッズ販売

を据えていました。そして今回、客席を減らさざるを得なかったり、長距離の移動が制限されたり、外出を控える人が増えたりした危機感から、「映像配信」による収入の可能性を探る方向に業界全体が変化しました。(映像配信に特化した劇場が出現する、なんてことも起こりました。)

しかしこの、「観劇チケット販売」も「グッズ販売」も「映像配信収入」も、その収益モデルはフロービジネスのものです。

フロービジネスはその性質上、常に新しく取引が行われるため、公演ごとに収益額の増減があります。

大当たりして、連日満員、配信の視聴者もどんどん増える、みたいな場合はいいですが、チケットがなかなか売れない公演がある場合、そこでは大きな赤字が発生するリスクがあります。

ただ、同じ映像配信でも、宝塚歌劇団が映像を提供する「タカラヅカスカイステージ」は月額の視聴料を支払う形式なので、ストックビジネスの収益モデルになります。

2009年5月30日付読売新聞朝刊によると当時の「スカイステージ」加入数は5万世帯を超える水準ということなので、月の視聴料2700円を単純にかければ、毎月1億3500万円ほどの売上が上がっていることになります。

このうちのどれくらいが宝塚歌劇団の収入になっているかはわかりませんが、劇場にお客さんを集めなくても、毎月確実にこの額のキャッシュフローがあるというのはなんというか、非常に心強い、ですよね。

ちなみに小劇場界には「観劇三昧」(「演劇三昧」と書いていたのを訂正しました:8月18日)というサービスがあります。会員登録をすると全国376劇団1302作品が映像でいつでも観られる、というサブスクリプションです。

人気劇団の人気作がいくつも上がっていて、無料会員として無料の映像を観ることもできますし、月額980円の有料会員になってすべての動画を視聴することもできます。

https://synapse-magazine.jp/new-business/1910nextage/

上のリンク先の記事がいつのものかわかりませんが、その時点で約13万5000人の利用者がいるということです。そのうちどれくらいが有料会員になっているのかはわかりませんが、これも素晴らしいストックビジネスの収益モデルです。


2020年に起こったような「劇場を開けられない事態」のとき、チケットやグッズ販売といったフロー型のビジネスだと、一気にキャッシュフローがなくなります。しかし、ストックビジネスの収益モデルを持っていれば、劇場を開けられない時期にも売上をあげることができます。

いまの演劇界では上のふたつの映像配信サービスがストックビジネスのかたちになっていましたが、そのほかにも、各俳優の「ファンクラブ」というシステムはストックビジネスの収益モデルで運営されています。

入会費と年会費を支払うことで、ファンクラブ扱いのチケット購入の権利を得られたり、またファンクラブごとに特色のあるさまざまな限定サービスを受けられる、というのがファンクラブの基本的な運営の形態です。

さらにいえば、上の「寄付」の項目で例に挙げたクラシック界の「賛助会員」のシステムも、ある意味ファンクラブ的なストックビジネスの収益モデルです。歌舞伎には「松竹歌舞伎会」、劇団四季には「四季の会」という年会費制組織があるようです。

基本的にはフロービジネスのかたちで収益化を目指す演劇興行のなかで、どれだけストックビジネス型のキャッシュフローを生み出せるかが、これからの演劇界が考えるべきことなのかもしれません。

予期せぬ自然災害や感染症で公演をすることができない状況でもある程度のキャッシュフローを維持できれば、倒産や破産などのリスクを減らすことができます。


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●これまでの弱点を強化


いままでの演劇公演はおおむね、「公演チケット販売」「グッズ販売」などを収入の主軸としてきました。団体によっては有料会員を募集し、年会費や月会費によってストックビジネスの収益モデルを持っています。

また、いくつかの団体は映像配信に少し前から意欲的に取り組んでいましたが、特に輸入作品を上演するような興行主は権利の問題上、映像配信サービスになかなか参入できないという状況が続いていました。

演劇界全体をおおざっぱに考えれば、この2点

・映像配信
・権利の問題

がこれまでの体制の「弱点」だったと言えます。

特に、僕が活動の中心としているミュージカルの業界は、大きな商業作品であればあるほど海外輸入作品の比率が高いです。

日本人の劇作家、作曲家によってつくられたオリジナル作品もたくさん、本当にたくさんありますし、その中には素晴らしいものもありますが、日本国内で作られたオリジナル作品が世界的にヒットしたということはほとんどありません。

アメリカやイギリスといった国は、それぞれが有する劇場街が世界的に有名な観光地となっており、毎年ものすごい額のインバウンド収入を生んでいます。

そしてそれだけでなく、そういった劇場街から優れたクリエイターが育ち、そのクリエイターたちが優れた作品を生み出し、それが海を越えて世界中に買われ、それによってライセンス収入を発生させています。

セリフ劇やミュージカルのマーケットにおいて、作品を生み出す力がある人材は「売り手」になる資格があります。逆に言えば、そのマーケットで売り手の側に立つためには、世界から「買いたい!」と思われるような作品を生み出さなければなりません。

権利ビジネスの優れた点は、それが一種の資産となることです。

自分が上演をしなくとも、他のカンパニーが上演をしてくれれば収入が生まれます。その資金を利用して、更なるクリエイターを育てるなり、新しい作品をつくるなりするといった、未来への投資的な活動ができます。

けれど、自分で上演をしながら、それで得た(フロービジネス的な)収入で上演と同時並行に投資活動をするというのは、これはかなり難しいことです。

また、海外に向けて作品を売ることができれば、例えば日本でなにか災害があって日本国内の劇場が閉まったとしても、海外でその作品を上演してもらえればキャッシュフローを得ることができます。

上の「ストックビジネスの収益モデル」と同様に、自分が動けないときでもキャッシュフローを確保できるのなら、それは倒産や破産のリスクを減らすことに繋がります。


また、映像配信は単に劇場に来られないお客様に向けて配信するというだけでなく、上演している舞台をきちんとした技術とディレクションによって魅力的な映像としてデータにしておけば、それがさらなるストックビジネスの源泉になったり、世界に向けてのプロモーション用素材になったりする可能性があります。

これもまた、「権利収入を生むような作品をつくる」という取り組みと同様に、より注力していくべきことだと感じます。


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とまあ、いろいろ考えてみましたが、僕はビジネスの専門家ではないし、大きな演劇の興行主になったこともないので、きっと間違っている点や落としている点がたくさんあるはずです。

何か気になる点等ありましたら、是非ご指摘いただけましたらと思います。

また、いち俳優の山野がこんなことを考えて何になるんだ、というような見方もあるかと思いますが、このタイミングでみんなであらためて「演劇ってどうやってお金を生み出しているんだろう」ということを考えてみることが、これから先の「何か」に繋がるんじゃないかと思ってこの記事を書いてみました。

なお、さまざまな売上の発生には必ず付随して、それを生み出すための経費という支出の発生もありますが、今回はそれについては一切無視してみることにしました。そこを考え始めるとさらに物事がややこしくなるような気がしたので。


なので、じっさいの現場の運用を考えれば、「映像配信しても、撮影機材や撮影技師、配信用のサーバーなどの費用が積み上がっていくと、新しい収入の柱になるどころかさらに赤字を増やすだけにしかならないんだよぉ」みたいな事情も、もしかしたらあるのかもしれません。



そういったいろいろな難しさを乗り越えて、なんとか収益を生み出しながら、これから先の厳しい時代も演劇がその荒波を乗り越えて、末長くその営みが維持され繁栄していくことが僕の願いです。

短期的中期的な視野で考えれば、どんな演劇団体も映像配信について考えることは急務なんだろうし、中長期的な視野に立てば、いよいよきちんと本腰入れて、世界のマーケットで通用するような作品を日本から生み出すために行動をはじめるべき時期なんだと思います。


僕も、曲なりにも演劇界に身を置くひとりの俳優として、これからもいろんなことを考えてみようと思っています。


読んでくださってありがとうございました!サポートいただいたお金は、表現者として僕がパワーアップするためのいろいろに使わせていただきます。パフォーマンスで恩返しができますように。