見出し画像

楽しかったことが、楽しくなくなったなら


たとえば

以前「楽しい」と感じていたことが楽しくなくなったなら、自分のいまの生活をよくよく見直してみた方がいい。

もしかしたら働きすぎなのかもしれない。

もしかしたら責任を負いすぎなのかもしれない。

さまざまなストレスや「やるべきこと」がのしかかっているのかもしれないし、自分で気づかないフリをしているだけですごく傷つく出来事があったのかもしれない。


前までなら「楽しい」だけで済んでいたことが、「辛い」や「苦しい」ばかりになってきたとしたら、自分の関わり方がすこしねじれてきてしまった可能性がある。

--------

とはいえ、「楽しかった」ことが楽しくなくなることには、ネガティブな側面だけでなくポジティブな側面もある。

より多くのことを知り、経験したことによって、自分が成長したという可能性もあるからだ。

いままでの刺激では足りなくなったり、もっと上を目指したくなったり。あるいは別の何かに興味が移ったり。


興味の対象が移ることを世では「飽き性だ」とか「堪え性がない」とか「三日坊主だ」とか、手を替え品を替え批判する向きがあるけれど、僕はそれを悪いことだとは思わない。

「いちど始めたら続けた方がいい」っていうのは、勤め続けてもらった方が得をする会社側の立場や、通い続けてもらった方が儲かるレッスン教師や、買い続けてもらった方が利益が出る業者たちが放つポジショントークだ。

人はどんどん変化していくし、それに伴って興味の対象が移り変わっていくことは当たり前。

だから、「前の楽しかったこと」よりも楽しい何かを見つけたら、他のことは考えずに飛び移るのがいいと思う。

たぶん、「あっちの方が楽しそう…」っていう気持ちを押し殺しながら「いままで楽しかったこと」を「これが楽しいんだから!」と自分に言い聞かせながらやり続けると、そのうちぜんぜん楽しくなくなるはず。

そうすると「楽しかったこと」も「楽しそうだなって思ってたこと」も、両方ともなくなってしまう。

そんなのってない。まさに悲劇だ。

--------

僕は、歌や芝居が大好きで、それが楽しいからこそ毎日毎日触れたいと思っている。

だけど、そうやって楽しいことにたくさん触れているからこそ、歌や芝居が「楽しくなくなる瞬間」がいとも簡単に訪れることも知っている。


あるときは共演者や演出家の言葉によって。

あるときには自分自身の行き過ぎた自己検閲によって。

「うまくなりたい」という気持ちが技術向上へのモチベーションにつながればいいが、「うまくなければいけない」が自分の心を殺すことにつながるのなら考えもの。

これはあくまでも僕の主義だから他の人に強要はしないが、「楽しいから」と始めた仕事が「楽しくなくなった」なら、やっぱりそれはおかしい状況だと思う。


たしかに、プロフェッショナルであれば越えなければいけない壁やハードルは高く、厚く、数も多い。

でも、やっぱりそれも「楽しく」越えたい。

仕事として越えなければいけない壁が「苦しさ」や「辛さ」しか運んでこないのなら、やっぱりどこかがおかしいのだと思う。


自分で自分を過度に追い詰めてはいないか。

もっと効率的な壁の越え方があるのではないか。

何も考えずにがむしゃらにやることで解決しようとしていないか。

「苦しいことこそ美徳」みたいな思考停止に陥っていないか。


「楽しい」ことは後ろめたいことでもなんでもない。

楽しいことは、いいことだ。


この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

note.user.nickname || note.user.urlname

読んでくださってありがとうございました!サポートいただいたお金は、表現者として僕がパワーアップするためのいろいろに使わせていただきます。パフォーマンスで恩返しができますように。

嬉しすぎますー!ありがとうございますっ!
117
声楽家、俳優、ミュージカル、歌の先生。山梨出身。歌って、教えて、考えます。
コメント (1)
『一度始めたことを続けたほうがいい』が良しとされてますが、おっしゃる通りだと思います!楽しい事が楽しくなくなったら、自分を見つめ直すのは大切ですね。
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。