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「違うよ」って言うのは大変だ

ヤマモトエミ / Fenrir Inc.

これは フェンリル デザインとテクノロジー Advent Calendar 2019 19日目の記事です。

はじめまして、ヤマモトエミです。私はフェンリルに中途で入社して約半年のデザイナーです。初めての投稿は、私のプライベートでの制作で反省した話をしようと思います。プライベートでの話なんですけど、会社でも似たようなことを悩んでいるし、悩ませているだろうなと思う内容です。

形の無いものを隅々まで考えるのがデザイナーのお仕事

デザイナーという仕事は、何かを作るときに「こういうものにしたい」とか「どういうものがぴったりか」と考える立場になることが多いと思います。

それはデザインツールを使うような仕事だけではなくて、例えばコピーライティングとか、撮影する写真だとか、アプリで言えば動きや情報の整理とか、ターゲットとかコンセプトとかをどうするか・・・。とか。

最近、私は制作過程で自分ではできない部分を人に頼むことにしました。
自分で絶対できない部分の領域で、頼んだ人に絶対の信頼があったので、すごくどきどきわくわくして待っていました。

・・・ですが、やってもらったものの仕上がりが、思っていたものと違う。

完璧に駄目なものだったら、「違うよ」ってはっきり言えるのですが、送ってもらったものは、単体であれば「素晴らしい!」と思えるもので、まあ想定とは違うけれど、なんとか形になりそうではある。でも、想像していたものとは違う、といったものでした。


伝えないと、伝わらないのは当たり前

どうしてこうなったのか。

それは完全な私のミスで、はじめにちゃんと、「こういう想いがあって、どういうものを目指したくて、だからこんな風にしてほしい」としっかり伝えきれていなかったからでした。

それくらい、デザインを仕事にするなら最初にちゃんと伝えておくのが基本中の基本なのですが、絶対の信頼がありすぎて、おろそかにしてしまった。

悲しいけれど、人間は、「ふんふん、そうだな」という時には気付けなくて、違うなと思うものを実際に目の前にした時に、「これは自分の求めたものと違う」とようやく気づけるような愚かな生き物なんです。

ーーーーだからデザインを頼むお客さんやディレクターさんは、うまくデザインができたときはあんまり言葉にしてくれないけれど、「違う」とは言ってくれるんですね。


自分の考えていることが正しいなんて、保証はどこにもない

そしてさらに私の未熟な部分でもあり、ひとつの性格として、「自分の考えているものが本当に正しいと思えるほど自信がない」ですし、「誰かがつくったもの、やっていることが愛しくてしょうがない」という気質があります。特に、知っている人の作ったものだとか表現は、否定したい気持ちより、もっとそれを表に出したい、という気持ちになってしまう。

そんな性格もあって、もやもやとして何も言えずにいました。


成功しているアートディレクターとはどういうひとか

私はそんなとき、思い出すエピソードがあります。
昔、私の憧れの某有名アートディレクターさんがディレクションしているお店で、売り場に立つ店員さんの話を聞くことがありました。

「あの人は、すごくこだわりが強いアートディレクターさんだった。お店の商品が減ってしまった時に、売り場が寂しいから勝手にディスプレイを変えたんだけど、そのアートディレクターさんが売り場をチェックする時に、工夫して変えたディスプレイは全部剥がされてしまった。」

というものです。
(ちなみにそういうお話を聞いただけで、この店員さんはこのことに対して愚痴を言っていた訳ではありません。)

この売り場の店員さんは、とっても素晴らしい店員さんです。商品が少なくて寂しいと、お客さんが見に来なくて売り上げが下がってしまいます。それを誰にも言われなくても、自分で考えて、工夫してディスプレイを変えてみる…。店員さんの鏡ではないでしょうか。

でも、そのお店の最大の魅力はアートディレクターが創りあげた「世界観」そのものです。スタンダードではない奇抜な商品に、少し高い価格帯…。かくいう私もその世界観のファンですから、「世界観」を守るこのアートディレクターさんの行動は、冷徹なように見えてとっても重要な行動なことだとわかります。

私は時々このエピソードを思い出して、どんな気持ちで有名なアートディレクターさんは「違うよ」と言ったんだろう…、と考えてしまいます。ずっと、「こだわりが強い」と言われることと戦い続けているのだろうか。それともそんなこと気にも留めないのだろうか。


結局私はどうしたのか

結局、私は自分から「違うよ」と言えなかった。

でも、ここはさすがだな、と思って感動したのですが、頼んだ方から
「もしかして、もっとこうした方がよかったですか?」
と私が悩んでいたことを質問してくださいました。

ありがとう!!という気持ちと、自分の情けなさに包まれながら、私は改めてコンセプトを伝え、無事想像していたもの(よりもっと良いもの)を頂くことができました。

ーーーー自分もこの人のように、相手に寄り添う提案ができるようになりたい。

次は最初から、しっかりコンセプトを詰めて伝えたいと深く反省しました。(でも結構似たような間違いを繰り返しています)


「違うよ」って言うための心構え

結局、違う、と思って修正したとしても、誰かが思い描いたことが正解かと言えば、そんなことはないと思っています。

じゃあ何が正解なんだろう?

それは、完成してみないとわからない。(と私は思っている)

完成してみて、届けたいと思った相手にちゃんと届いたときに、正解かどうかがきっとわかる。もしかしたらずっとずっと先になるかもしれない。

本当は未来になってみないとわからないのに、完成するまでず〜っとこれが正しいものだ、って伝えていかないといけない。

何が正解かなんてまだまだ断言できるほど経験豊富じゃないけど、誰かに「違うよ」って言うときは、私は全力で良い結果になるように努力したい。

「あのときいっぱい違うよって言われて修正したけど、頑張って良かったな」って思ってもらいたいし、私も思いたい。

「違うよ」って言うのは本当に大変だ。

余談ですが、「違うよ」っていう言葉は、フェンリルデザイン部のボスの口癖だったりもします。よく聞くのは、社内でデザインや企画の意見交換をしていて、皆の思考が狭くなっている時なんかに、力強く「違うよ」って言葉が出てくるような気がしています。皆に想いを伝えるの、やっぱり大変なのかなあ。きっと大変なんだろうなあ。
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