ロンドン*断片 1

劇評マガジンはもともと「書けなく」なった自分のためのリハビリのための場所として用意したのだった。
「ちゃんとした」劇評はありがたいことにいくつかの場所に書かせてもらえていて、しかしそれは裏返せば書かなければならないということでもあり、これはあとで原稿にしようとか考えるとTwitterも何も「書けなく」なる(「書けなく」なった理由は他にもあるのだが、それはまあここではいい)。それで「ラフに」書くための(しかし書くためのモチベーションがゆるやかに与えられるような)場所としてここは設定された。
断片的な、連想ゲームのように流れていく思考をひとまず言語化して留めておくためのノート。ひとりの批評家/読者としては個別の作品評を書く/読むのが好きなのだが(そして演劇において個別の作品評はいくら強調してもし足りないほど不足しているとも思っているのだが)、思考は複数の作品にまたがって展開される。考えてみれば複数の作品を論じた批評というのはほとんど書いたことがないような気もし、たまにはそういうものも書いてみようと思ったのだ。TPAMやらなんやらでたくさんの「レクチャー・パフォーマンス」を連続して観て思うところがあったというのも大きい。

ところで今、私はロンドンにいる。

機内で佐々木敦『アートートロジー』を読みはじめ、冒頭に置かれていたデュシャンの芸術函数の話を読んで私が思い浮かべたのはベケットの後期演劇だった。舞台上に見えるものと、聞こえてくる言葉との間に生じる関数としての演劇。作り手が提示する、「舞台上に見えるもの」と「語られる言葉」との間にある関係を観客が「勝手に」読み取ることでギリギリのところで成立する演劇。
では新聞家の演劇はどうか。新聞家といぬのせなか座とのイベントで、たしか観客の誰かがベケットの後期演劇との関係(?)を問うたのだった。
ベケットの後期演劇では語られる言葉と舞台上の人物とが「関係があるかのように」装われているのに対し、新聞家の作品の多くにおいては言葉を発する俳優と語られる物語(?)との間には、それがその俳優によって語られているという関係しかない。それは最小限の関係でありながら極めて強い関係でもある(「多くにおいては」と保留したのは、いくつかの作品においては俳優の動作が(それは極めて限定されたものなのだが、しかしやはりそれゆえに)関係の「偽装」として機能しているように見えなくもないからだ)。しかしいずれにせよ、新聞家の上演において俳優の発する言葉はそこにいる俳優の見え方を変えはしない(少なくともそれを目的にはしていない)。
一方、近年の(というのは私が知る限りで『上演する』シリーズにおける)マレビトの会が採用している手法(ほとんど何もない空間と疎かなマイム、ときに棒読みのようですらある発話(発話における感情の表出(のように見えるもの)に関しては作品や俳優によってかなりの幅があるのだが))は、そこにある現実(俳優、劇場空間)とそこに重ねられるフィクション(戯曲、言葉によって紡がれる世界)という二つのレイヤーを同時に見せつつ、それぞれが互いの知覚のされ方に対し影響を与え変容させていくその容態を、むしろそれをこそ示してみせる。
ベケットの後期演劇、新聞家、マレビトの会における舞台上にあるものと言葉によって語られるものとの関係を改めて整理するならば、(いわゆる「普通の演劇」>)ベケット>マレビトの会>新聞家の順に両者の関係は「近い」ということになるだろう。両者がかぎりなく一致しつつ、その間にある亀裂を意識させるのがベケット、限定された類似によって両者の関係(の認識のされ方)を変容させていく(操作する?)のがマレビトの会、俳優がそれを発話しているという一点においてのみ両者が関係しているのが新聞家とひとまず言ってみる。
これを両者の(観客によって認識される)関係性の変化=ダイナミズムの大きさという観点で並べ替えてみるならば、マレビトの会>ベケット≧新聞家(≧いわゆる「普通の演劇」)となるだろうか。遠すぎても近すぎても関係性の変容は起きづらい。いわゆる「普通の演劇」、物語をその主軸におく演劇におけるダイナミズムは主に情報の暴露によって、観客に与えられている情報と物語世界内の伏せられた情報との格差によって生じる。ここで言う「観客」は一義的には作品を観る観客を指すが、それは物語世界という現実に対峙する登場人物でもあり得るだろう。知覚される対象が二重化する(そもそも二重である)のと同様、知覚する主体もまた二重化し、俳優というファクターも含めるならばそれ以上に分裂する。いや、俳優に焦点をあてるならば、それは知覚される対象と知覚する主体とに分裂している?(だがそれは常にすでにそうなのであり、当然と言えば当然の事実だ)。

「書けなく」はなっているのだが(そして書いてみればこのようにしてそれなりに書けてしまいはするのだが)、書くことへのモチベーションはむしろ増しているところもあり、それはマレビトの会/松田正隆とその周辺の作り手たちの存在が大きい。問題意識や方法論を共有する場としての「スクール」の存在は偉大だ。多様な試行錯誤が次から次へと生み出されていく。速さは必ずしも重要ではないが、私はまだ見ぬ面白いものを、それもなるべくたくさん見たいのだ。「マレビトの会/松田正隆とその周辺」とひとまず書いたが、そこには直接的にはマレビトの会に関係のない作り手たちも含まれている。関田育子、我妻直弥、福井裕孝、見られなかったがイエデイヌ企画/福井歩も当然そうだろう、村川拓也、犬飼勝哉、屋根裏ハイツ/中村大地、劇団の公演は見られていないのだが劇団速度/野村眞人、The end of company ジエン社/山本健介、PortB/高山明、藤原ちからの演劇クエストなど、様々なアーティストによる一連のツアーパフォーマンス、チェルフィッチュ/岡田利規のある系列の作品群。ここにakakilike/倉田翠、スペースノットブランク/小野彩加・中澤陽、バストリオ/今野裕一郎を加えると、その圏域にはレクチャー・パフォーマンスも含まれてくるだろう。いや、そのように圏域を設定しよう。それはドキュメンタリーの、そしてドキュメンタリーと重なりつつもまた異なる問題としての「私」性の問題圏域だ。

いま考えると、村川拓也『終わり』には倉田翠作品のテイスト(ある種の暴力性/まだ2作品しか観ていないが)が強く反映されていて、それは出演者(松尾恵美と倉田翠)の過去作品を再編集して作ったという『終わり』の成り立ちから当然ではあるのだが、今の時点から振り返って気になるのは、私が観た倉田作品もまたある種のドキュメンタリー性に立脚したものであって、そうであるならばもともと倉田作品に内在していたドキュメンタリー性は『終わり』ではどこへ行ったのか、どのように扱われている/いたのかということだ(扱われた倉田の過去作品にはドキュメンタリー的要素はなかった可能性もあるがそれは問題ではない)。

ドキュメンタリーのドキュメンタリーは(単なる?)ドキュメンタリーか。

村川の演劇はほとんどが演劇の演劇でその意味においてドキュメンタリーの演劇ではなく演劇のドキュメンタリーである。

というときに念頭にあるのは、それらが実のところ舞台上で起きることに焦点をあてているということで、であるならば、ドキュメンタリーのドキュメンタリーという概念を仮構するとき(ここでのそれは舞台作品を前提としている)、やはり考えるべきは時間、あるいは「今ここ」性についてなのだろうか?

たとえば「静かな演劇」というように、ある時代の傾向やムーブメントを名付けることにはほとんど興味はない(一方で個々の作品がいかにそこから「外れているか」には大いに興味があるので名付けが行なわれることそれ自体は歓迎である)。それをすることができる人は他にいるし、私にとっての、私が考える優先事項は個別の作品評の充実であって、それは私に「向いている」ことでもある。
それでも私がそれめいたことをしているのは、繰り返しになるが、私の欲望のためだ。これが私の倫理であり、そしてもちろん「私」性の問題でもある。

「私」のいないレクチャー・パフォーマンスに倫理はあるか?

ところで、今、四象限による小劇場演劇マッピングをするならば、ひとつの軸として現実/虚構ではなく両者の一致/乖離を設定するのはどうだろうか?

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