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降り落ちる雨は、黄金色

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#ショートショート

降り落ちる雨は、黄金色#19

降り落ちる雨は、黄金色#19

「物語とは◯◯が△△になり□□になる」

解説を読むと「◯◯とは登場人物、△△とは出来事や事件、□□は何かになる」とある。まるで国語のテストみたいだ。

 作例を読むと、「負け続けのボクサーが恋をしてチャンピオンになる」とあった。なんだ簡単だ。私にもできそうだ。辞書をめくりながら面白そうな単語をいくつかメモし、公式に当てはめると変なものができた。

 「勉強のできなかった私がある日、型破りな予備

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降り落ちる雨は、黄金色#18

降り落ちる雨は、黄金色#18

 今日から小説を書きはじめた。何を書けばいいか分からずとりあえず、百円ショップに行き四百字詰め原稿用紙を五十枚買ってきた。机の上に原稿用紙を広げ、コーヒーを置くと小説家になった様な気持ちになる。机のレイアウトを決めただけなのに、ひと仕事終えた充実を味わえた。

 将来作家になったら、駅に向かって猛ダッシュする人を脇目に朝のデニーズでMacBookを広げ優雅に執筆するのだ。 印税生活で家から一歩も出

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降り落ちる雨は、黄金色#17

降り落ちる雨は、黄金色#17

「今日はゆきちゃんに機種変付き合ってもらったよ」
私の表情は能面のようだ。
「笑って」
それに気づき佳代は慌てて撮影の手を止めた。

「誰にも見せないでよ」
「二十四時間で消えるから大丈夫」

 動画を再生すると、ブサイクな表情の私の映像が流れた。 佳代の馬鹿笑いが止まらない。さっそく二人で撮った写真を待受にした。私のiPhoneは勲章の様に輝きを放っている。

「わん」

 携帯ショップを出ると

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降り落ちる雨は、黄金色#16

降り落ちる雨は、黄金色#16

お茶を飲み終えると、佳代は静かにイチョウの葉っぱを拾っていた。

「なにしてるの?」

「キレイだから、バーバリウムにしようかな」

 バーバリウムとは植物の標本だ。花やドライフルーツをガラス製の瓶に入れ、専用のオイルを注ぐと完成する。前に花屋さんでバラのバーバリウムの小瓶を見たことがある。美しい花は死骸でも需要があるのかと関心した。

  バラの花は、死ぬ前と変わらない真紅の輝きを怪しげに放

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降り落ちる雨は、黄金色#15

降り落ちる雨は、黄金色#15

 コンビニに着き、二人の大好物なキャラメルコーティング・ポップーンをカゴに放り込んだ。

 新商品の棚を見ると新しい味のポテトチップスを見つけた。醤油味ベースの蟹のエキスが入った新商品の値段は、普通のポテトチップスと比べると割高で五十円ほど高い。二人ですぐに消えそうだねとか、無くなる前に一回位買ってみようかと話した。

 コンビニの新商品の棚は、猛スピードで変わっていく。試してみたいと思った時には

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降り落ちる雨は、黄金色#14

降り落ちる雨は、黄金色#14

 佳代の家は新築マンションの最上階にある。父親は放送業界の人らしく、インテリアも華やかでテレビのセットの様に生活感がない。

 彼女は家の中では花や苺柄のデザイナーブランドのパジャマを着ている。本人曰く、身体の締め付けがなく楽だと話していた。

「あのさ…」

「なに。好きな人でも出来た?」

佳代の瞳が煌々と輝いた。

「小説家になりたい」

「ウケる」

 私のやりたい事が決まったお祝いに、コ

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降り落ちる雨は、黄金色#13

降り落ちる雨は、黄金色#13

「今週のMステにちょっと映るかも」

 取り巻き達は鈴木奈津美の話に、おおげさにうなづいている。みんな身近のキラキラした人に吸い寄せられる、蛍光灯に群がる蛾みたいだ。くだらない。一箇所にあつめて殺虫剤をかけてやりたい。

 彼女の父親は海外で働いている為、奈津美は日本で未発売のブランド品を持っている。クラスメイト達はいつも、奈津美を眩しそうに 見つめる。私はその眼差しが気に入らない。 心底軽蔑する

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降り落ちる雨は、黄金色#12

降り落ちる雨は、黄金色#12

 佳代の居ない淋しさから、私は本の世界へ没頭していった。活字を目で追っている間は、嫌なことを忘れられた。想像力の翼を使えばここではない何処かへと行けた。

 小説は私にとっての薬だ。崇高な作品のページの隙間からは、悲鳴が聞こえる。その声はとても心地がよく、マイノリティであることに悩む主人公が、足掻きながらも生きる姿にいつも勇気をもらっていた。私はいつも小説の中で希望を探している。

 あれから、学

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降り落ちる雨は、黄金色#11

降り落ちる雨は、黄金色#11

「この抗鬱剤は、都内のクリニックで一番飲まれている軽めのだから安心してね」
と薬剤師のおじさんは優しい口調で教えてくれた。

都会には心が病んでいる人が沢山いるのだ。毎日、朝早くから満員電車に押し込まれて疲れた顔をして優先席に座る大人を見ると、病まない方が異常だ。

 鬱病はそんなに珍しいものではない事がわかると、心が軽くなった。よくあること。薬剤師のおじさんはアメリカでは、心が不調だと思ったらす

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降り落ちる雨は、黄金色#10

降り落ちる雨は、黄金色#10

 休日だというのに、クリニックの待合室には色んな人が居た。サラリーマン風の人、綺麗な人や普通な人。私が行った時には独り言をぶつぶつ言う様な異常な人は居なかった。

 帽子を深く被り、 マスクをつけ待合室で名前を呼ばれるのを粛々と待ち、周囲に知っている人が居ないかと心配になった。もしメンタルクリニックに通っている事がバレたら学校で馬鹿にされてしまう。

 弱者は常に攻撃の対象にされる。私はその事を嫌

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降り落ちる雨は、黄金色#9

降り落ちる雨は、黄金色#9

 病気になってから、食欲はなくなり体重は減った。ご飯を食べても全く味がしない。美味しくない。口が縦に空かない。ストレスから顎関節症になった。顎がカクカクと鳴る。着替えるのもお風呂に入るのも全てがめんどくさい。インフルエンザを発症したかのように、毎日身体がだるい。

 日曜日の夜がとても憂鬱で、ストレスから眼が冴えて全然眠れないまま朝になる。電車に乗ると原因不明の発熱や眩暈がしてすぐに電車を降りた。

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降り落ちる雨は、黄金色#7

降り落ちる雨は、黄金色#7

 いつもの様に図書室に向かうと、そこに佳代の姿はなかった。

 普段なら陽の当たらない隅の席で、 日焼けを気にしてか黙々と本を読んでいる。その姿は私をいつも和ませた。彼女の居ない図書室は主を失った城の様にしずかに沈黙していた。

心がざわつく。私は彼女の身に何かあったのではないかと思い、 すぐに電話した。電話越しの佳代は驚くほどに明るかった。

「どうしたの?」

「電車乗ろうとしたら汗が止ま

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降り落ちる雨は、黄金色#6

降り落ちる雨は、黄金色#6

 佳代は怒るでもなく私の命のお薬と言い、飴を食べる様に錠剤を口の中に何粒も放り込んだ。彼女は色とりどりの錠剤を気に入っていた。

「薬飲むの嫌じゃない?」

「そんな事ないよ。薬が溶けて、じわじわと効いていく感じがたまらないの」

「なにそれ、全然分かんない」

佳代は傷ついた顔をしていた。

「この感覚はあたしの宝物だよ」

「ごめん」

 申し訳ない気持ちでいっぱいになった。こ

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降り落ちる雨は、黄金色#5

降り落ちる雨は、黄金色#5

佳代は鞄から一冊の本を取り出した。

超訳ニーチェ。

「えっ誰?」

「偉人。この本によると、苦悩を越えた人間は超人になれるんだって」

「超人て何?」

「人でない存在」

 佳代はニーチェを信仰している。彼女の哲学は理解できないが、とても尊い。私も、ニーチェの本を斜め読みした事があるが、難しい単語が多くて読む気をなくした。ページをめくると気になる単語を見つけた。

虚無主義。ニヒリズム。

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