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写真と散歩〈6〉トンネルの向こう

前夜

十二月上旬。

明日の予報は晴れ。0℃~15℃。北よりの風、3m/s以内。陽射しもあって、日中は暖かいらしい。

いつも通り、前夜のうちに機材などの準備をする。

ふと、マウントアダプターを付けたままにしていた古いレンズが目に入る。アダプターを取っておくことにする。

アダプターのツメを押して回す。しかし、外れない。どこか噛み合わせが悪くなっているのだろうか、何度やっても外れない。

こうなるとムキになってくる。ゴム手袋をはめて回したり、ツメを机に押し付けながら回したり、試行錯誤する。

その結果、

壊れた。

ツメが動かなくなり、ペンチでいじくっている最中に、ねじ切れてしまった。

もう、どうにもならない。これでは二度と外れない。

このレンズは昔、父親が子供の時の私を撮っていたもので、去年、私が家の片付けをしている最中に、カメラ本体とともに見つけ、整備して使えるようにしたものだ。本体はニコンEM。絞り優先オート専用という、ありがたいのか、迷惑なのかよくわからない機種だ。もちろんフィルム機。一度だけフィルムを入れて撮ってみたが、ちゃんと写った。ただ、レンズの絞りリングは動くのに、絞り羽根が動いておらず、全部開放で撮れていた。まあ、絞り優先オート専用なので、すべて適正露出になってはいたが。その後、絞り羽根も動くようになり、今度、フィルムを入れて撮影してみようと思っていた。

そのレンズを壊してしまった。

落ち込む。

しばらく呆然。

だんだん後悔が込み上げてくる。なぜ、無理矢理はずそうとしたのか。ペンチなんて持ち出す意味もなかった。「いつか取れるさ」と、今は放っとけばよかった。

そう思えなかったのが悔しい。

あのレンズは二度と手に入らない。同じ製品は中古で買えるかもしれないが、それはあのレンズではない。絶対に壊してはいけないレンズだった。

なにか大きなものを失ってしまった感覚。

壊れたレンズを元の場所に仕舞った。

壊れたこと以外は全て元通り。明日は何事もなかったように撮影に出かけたい。

だが、寝ようと思っても、レンズを仕舞った場所が気になって仕方ない。まるで、癌でもできたみたいに、そこにいつまでも異物があるような気がしてならなかった。

出発

昨夜は感傷的になりすぎた。もう気にしないことにする。

仕度をして、11時過ぎに家を出る。

予報は晴れだったが、ほとんど曇っている。明確な形のない雲が、空一面に広がっている〈↓〉。

〈↓〉太陽。


晴れているときは、絶対ファインダーで覗いてはいけない。これは雲の向こうに隠れた時に撮った。肉眼で見ると、太陽の周りの雲全体がぼんやり光っているだけだったが、写真では形がくっきり写っている。太陽は丸い。

歩きながら撮影。

公園で昼食を取ることに。今日は先に昼ごはんを食べることにした。いつも15時とかになってしまうので。

〈↓〉ソーセージの根っこ。

残ったマスタードを全部かける。

12時半ごろ公園を出る。

「木の芽」撮影

小人がいた木に差し掛かる。

先週来たとき、あっという間に葉がなくなっていることに驚いた。

しかし、今日、枯れた枝をよく見てみると…

もう芽が出ていた。

植物は動かないぶん、動物に比べて変化の乏しい被写体と思われがちだが、その代わり、日ごとに姿そのものを変える。それは動物ではありえないことだ。

だからこそ、植物は季節の変化を表しやすい被写体でもある。

産毛に包まれた木の芽が可愛かったので、クローズアップレンズで近接撮影することに。

〈↑〉背景が白いと、せっかくの産毛が同化してよく見えない。

〈↑〉暗い背景を選んだら、産毛の一本一本がきれいに見えた。

いつも行く店に向かう。黒ゴマラテを飲む。

「ススキ」撮影

先週、ススキを撮った場所に来てみる。

あんなに、ふわふわもふもふだったススキだが、たった一週間で、くすんだ色に変わり、全体的に枯れたようになっていた。勢いも感じられない。生命力が衰えたようにすら見える。

〈↓〉先週。

この敗残感を写したい。

〈↓〉ちょうどよく、うなだれているススキがあり、しかも周りに領地があったので、それを主役にする。

〈↓〉前回はローアングルで見上げるように撮って、ススキの勢いを強調したが、今回はハイアングルで撮って、ススキが沈んでいる印象にする。

全体的に暗くした。また、リアリズムに徹するために、絞って姿をはっきりと見せた。

〈↓〉主役のススキの形と、周囲のススキ群の形が同じになっている。これにより、二重の「うなだれ」が生まれた。この大きな二つの塊を意識して画面構成を考えた。だから、ごちゃごちゃしているようで、すっきりまとまっている。

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