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第2章:変わるテレビ、変わらないテレビ(前編)

『10人に小さな発見を与えれば、1000万人が動き出す。〜ビジネスに役立つデジタルコンテンツの話』(2015年6月刊)から

 さて、最初に質問です。 「テレビ」という言葉は、何を表しているのでしょうか?
 当たり前のように僕たちの生活の中に存在していて、意外とつかみどころのない 「テレビ」とは何かを考えてみましょう。

三種の神器の一つは、 国民にとっての社会の窓

 戦後の高度成長の中、誰でも欲しがる「三種の神器」の一つとして人気を博したテ レビは、その後、ファッション、トレンド、政治経済など、あらゆるカルチャーを牽 引してきました。 世紀になり、電波はアナログ放送からデジタル放送に変わり、 ディスプレイはブラウン管から液晶へと変化していますが、未だに「国民にとっての 社会の窓」という重要な役割を果たしています。
 この「テレビ」という言葉には、2つの意味が含まれています。一つがハードとしてのテレビ。もう一つがコンテンツとしてのテレビです。

 まずは、ハードウェアとしてのテレビについて考えてみます。ご存じの通り、昔は ブラウン管でした。1980年代ころに登場したプラズマディスプレイはいまひとつ 普及せず、現在は液晶画面が一般的になりました。白黒からカラー、そしてハイビ ジョンへと進化して、近年ではテレビにインターネットやパソコンの機能が加わり、「スマートテレビ」と呼ばれるまでになりました。 また一時、専用の眼鏡をかけて視聴する「3Dテレビ」が話題になったものの、お茶の間には浸透しなかったように思います。最近は、4Kに続いて、8Kという超高 解像度のテレビも新製品が発表されています。受信機としてのテレビは、性能を向上させながら、多くの人の家に存在し続けてい ます。ただし、高機能テレビも映し出すコンテンツがなければ、ただの箱。そこでもう一 つのテレビ、いわゆるコンテンツとしてのテレビの役割が重要になるのです。
  「最近のテレビはつまらない」「テレビを観なくなったな」などというときの「テレビ」は、民放5社とNHKの6つの系列のテレビ局が編成、制作するテレビ番組のこ とを指しています。
 一方で、プレイステーションや任天堂Wiiなどのテレビゲームにも、ハードとしてのテレビは使われます。最近のスマートテレビは、インターネットに繋がっていれば、ユーチューブもウェブコンテンツも観ることができますし、アップルは、「アップルTV」という映画や ドラマやミュージックビデオを観ることができる映像配信プラットフォームサービス を行っています。アップルTVは、クラウド型のコンテンツサービスで、これまでのテレビにはない機能があります。新幹線で移動中にタブレットで映画を観て、自宅に 帰ってテレビをつけると、中断した続きから観ることができたり、自宅までの帰路 に、スマートフォンで観ることもできます。実際にやってみると非常に快適な視聴環 境なのですが、はたして、これは「テレビ」なのでしょうか?
世界最大の動画プラットフォーム、ユーチューブを持つグーグルは、「クロムキャスト」という小さな機器を開発しました。日本でも2014年5月に発売されたの で、僕も早速購入してみました。USBメモリーを少し大きくしたような形をしているクロムキャストを、テレビの HDMI端子に挿し込んで、自分のスマートフォンやPCと無線 Wi │Fi で繋ぐ と、インターネット上のコンテンツを高画質でテレビに映し出すことができます。 ユーチューブをPCでなくテレビの大画面で観るという使い方が一般的ですが、スマートフォンで撮った写真をみたり、音楽を再生したりすることもできます。これは、インターネットがテレビを乗っとる機器という見方もできます。

 こうなると、ますます「テレビ」がなんだかわからなくなりますね?
 「テレビの再定義」ができれば、デジタルコンテンツの近未来がみえてくると思います。「テレビ」の近未来について考えてみましょう。

テレビに関するキーワード

 テレビの再定義について考える際のキーワード「スマートテレビ」は、インター ネットに繋がった、次世代型のテレビという意味です。
 インターネットに繋げば、ユーチューブなどネット上のコンテンツを観ることがで きるだけではなく、さまざまな機能を付加することができます。携帯電話にPCの機 能が加わってスマートフォンと呼ばれたように、スマートテレビは、その存在自体が、テレビの未来形を示唆しています。
 4K、8Kという言葉は、画質の細かさ、美しさを示しています。2014年6月から試験放送がはじまっている「4Kテレビ」とは、これまで最も 美しいとされた「フルハイビジョン」(約207万画素)の4倍の約829万画素で表示できるテレビで、映像の細部までクッキリとリアルに再現できるそうです。8K は、さらに4Kの4倍の画素数で表示するテレビです。
 ただし、受信機の性能だけ上げても、撮影カメラ、編集機器なども対応しなければ、高画質のテレビ番組を楽しむことはできません。現在、映像業界では、4Kおよび8K映像制作への対応が、大きなテーマとなっています。
 2012年5月に開業し、今や東京の新名所となった東京スカイツリーは、テレビ の電波塔です。600m 級という高さは、他の建物に遮られることなく、電波を届け るために定められました。東京スカイツリーの大きな役割は地上波デジタル放送の送 信です。2003年 月より関東地方の地上波デジタル放送が開始されました。東京 都心部に林立する200メートル級の超高層ビルの影響を電波が受ける可能性が出て きたので、東京タワーに替わる電波塔として東京スカイツリーがつくられたのです。
 また全国には、各道府県にローカルテレビ局があります。多くの局は、在京の日本 テレビ、TBS、フジテレビ、テレビ朝日、テレビ東京の5つの局の系列ですが、県によっては、複数の在京局の番組を流すクロスローカル局もあります。もちろんNHKは全国津々浦々にありますよね。 こういう番組を中継する、流通の仕組みがあって、テレビの放送は成立しているのです。

日本のテレビ事情

 僕のホームグラウンドは音楽業界ですが、BSフジのバラエティ番組『無意味良品』や音楽番組のプロデューサーを任されるなど、テレビ番組のプロデュースの経験 もあります。またフジテレビ『ベストハウス123』には企画段階から関わり、マ ネージメントしているガールズバンドがレギュラー出演していました。
 そんな経験から、テレビの持つ影響力の大きさ、番組をつくるときに関わるスタッフの多さや予算のかけ方など、そのパワーは肌感覚で知っています。日本のエンター テインメントビジネスの中心は、昔も今もテレビ局にあることは間違いありません。同時に、指摘しておきたいのは、テレビ局は、国による許認可事業であるということです。ホリエモンのライブドアも、楽天もテレビ局は買収できませんでした。どんなに潤沢にお金があっても、それだけではテレビ局は買収できません。有限な電波を使うテレビ放送は政府が管理するものであり、だからこそテレビ局には高い公共性が求められるのです。欧米では、コンテンツ制作と電波の管理には線が引かれていま す。日本のように放送局がコンテンツの権利と電波の使い方を決める編成権の両方を 持っているというのは特殊なケースです。
 音楽ビジネスにおいてもテレビ局の影響力はとても大きいのです。ドラマの主題歌や挿入歌というのは、楽曲を宣伝するために効果的な方法ですが、番組とのタイアッ プでリリースされる楽曲の著作権は放送局の子会社(音楽出版社といいます)が権利を持つという業界の慣習ができあがっています。音楽業界の中だけでみれば、その音楽出版社が、新人開発などに投資をしたり、生態系として機能している側面もあるのですが、テレビ局が放送する番組で付随するコンテンツの権利を独占する現状は、社会の公正性という観点では、疑問が残ります。 特に最近は、テレビ局が、自社の敷地を使ってイベントを開催したり、映画などのコンテンツへ出資したり、音楽フェスを企画したり、「放送外収入」の拡大に熱心になっています。許認可に守られて大きな力を持っているテレビ局が、業域を広げていくのは、郵便局が金融業を行ってきたのと同じような構図で、問題があるのではないかと思います。特権を持つテレビ局の事業範囲は透明性が高くなければならないでしょう(NHKは、受信料を元に経営が行われていますが、放送外事業については、法律で規制をされています)。
 日本は、欧米やアジア各国と比較して、在京地上波キー局の影響力が大きいのが特 徴ですが、その反面、多チャンネル化が進んでいる欧米と比べると、CS放送やケー ブルテレビで展開されているニュースやスポーツ、音楽などの専門チャンネルの影響 力が小さいといえます。
 地上波テレビに出ている人が有名人で、テレビでとり上げられることが一般的でマスな話題。テレビで紹介されない事象はマイナーな出来事。僕たち日本人は無意識にそんな判断をしています。その原因は、地上波キー局のメディア戦略にあります。 許認可に守られて新規参入がなく、マスメディアの中心として君臨してきた地上波 テレビ局は、自らのビジネスモデルを死守してきましたが、インターネットや新しい デジタルテクノロジーの活用は、あくまで補助的な役割に終始し、本格的にはとり組んできませんでした。悪くいえば、政府や世の中に対するアリバイづくり的な態度でした。 今の日本のビジネススキームの多くは、敗戦後から高度成長期にかけて構築されたもの。それは欧米先進国を追いかけていて、若年労働人口が多く、右肩上がりの経済を前提にした仕組みです。日本の社会は法律だけではなく、省庁からの行政指導 や、業界団体の申し合わせなどで業界内ルールを定める、外部からは見えにくい複雑 な仕組みを持っています。悪くいえば不透明、良くいえば洗練されていて、成長期の 社会を前提とした生態系としては、有効に機能していました。
 しかし成長期が過ぎ、成熟した社会に変わっても、以前の仕組みを維持しようとする力が働き、大きな変化に対してブレーキをかけているのが現在です。成長を妨げる この力は、テレビ業界にかぎらず、日本の多くの産業界で働いています。

過剰な視聴率偏重主義の弊害

 テレビ業界の課題として、従来型の広告収入の低下があります。
 企業の広告額は景気の影響を受けて上下しますが、メディア別シェアで見ると、テ レビ広告は減少を続けています。広告出稿が既存メディアからインターネット広告に流れているのは、世界的なトレ ンドですが、テレビの場合は、過剰な視聴率至上主義の弊害という側面も大きいよう です。
 視聴率は、最大手広告代理店の電通と全国のテレビ局 18社が出資している調査会社 ビデオリサーチ社が行っている調査です。一般的に視聴率といわれるときは、全世帯のうち、リアルタイムで番組を観た世帯を測定する「世帯視聴率」のことを指しま す。この世帯視聴率は、数百軒のサンプル家庭に機械をとりつけて測定されていますが、標本数も少なく、統計学的にも誤差が生じるとの指摘があります。以前ならともかく、デジタル録画機器やスマートテレビが普及し、テクノロジーが価値を反映していますが、新たな問題点も指摘されています。多くの場合、テレビCMがスキップされて観られないということです。CMの広告収入でコンテンツはつくられているのですが、そのCM自体が観られないということは、スポンサーからしたら、ただお金を垂れ流しているにすぎません。CMと番組との関係について再考が求められるでしょう。
 消費者の行動や価値観が多様化した時代に、一つの指標だけで、テレビを評価する ことには無理があります。ドラマ『半沢直樹』の大人気ぶりや大晦日の紅白歌合戦、 サッカー日本代表の中継などは、従来の視聴率での評価にも一定の意味はあるでしょう。社会現象になるような番組について、どのくらいの世帯がテレビをつけていたかという数字は、おおまかな傾向をつかむには有効です。紅白歌合戦視聴率の年ごとの変遷や、サッカー日本代表と、プロ野球の日本シリーズのどちらが人気あるのか、というような比較には意味のあるデータです。
 しかし、テクノロジーの発展に合わせて、すべての番組を視聴率で計るのではなく、複数の指標を組合せて総合的に評価することが必要になっています。
 近年、NHKの番組の評価が上がっている印象がありますが、「視聴率主義」と距離をとっていることが大きな理由ではないでしょうか。過剰な視聴率主義の反動が視聴者にも伝わっているのだと思います。NHKは、NHK法で定められた公共放送で、国民から受信料を集めて成立していますので、時の政権との関係などで問題も指摘されていますが、日本のコンテンツ産業において大きな役割を果たしてきていることは間違いありません。ドキュメンタリー番組の中には、NHKでなければ制作でき なかったと思われる作品がたくさんあります。
 インターネットでの番組視聴についても、NHKオンデマンドなどに、先行してとり組んでいますが、僕は独自路線に行き過ぎているように感じます。デジタル化のプラットフォームで、NHKと民放が分かれていることは、ユーザーにとっては不便なだけです。デジタルサービスや、映像配信プラットフォームをつくる際は、日本全体の利益を考えて、まさに公共的なスタンスで、民放各局とも連携するべきです。(To be continued.....)

『10人に小さな発見を与えれば、1000万人が動き出す。〜ビジネスに役立つデジタルコンテンツの話』(2015年6月刊)から 

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2020年9月付PostScript
 5年間を振り返るのには、ちょうどよい内容かなと思いました。ざっくりとした印象でいうと、テレビ業界は変わってないということです。変われてないのか、既存の人たちが守っているのか、両方かなと思います。ただ、5年前に顕在化していた課題を先送りしている分、いよいよ改革が必要なことは明らかになっているとも思います。
 政府の許認可事業なので、新規参入が無いこと、日本語放送という言葉の壁があること、報道(ジャーナリズム)とエンターテインメント(とスポーツ)が同居していることなど、守りやすい側面はあり、圧倒的なブランド力と不動産などの資産力で企業としての体力はまだまだ残っているのでしょう。ただ先細りになことがあきらかで、NHK+民放5波が、ローカル局の存在も含めて、5年後にこのまま生き残っていると思える人は誰も居ないのでしょう。世界的に見て、国営放送と民間放送が両立している日本は、稀有な成功例だそうです。過去の成功を理由に改革が遅れに遅れて、最後に仕方なく変わる、日本の他の分野でもたくさん見られた景色がここでもまた繰り広げられているようです。電機業界のように壊滅的なことが起きる前に手を打つべきだなと改めて思いました。

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