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減らず口のミステリ──本格ミステリ・ファンでないあなたに

#海外文学のススメ 用に、もうひとつ、昔書いた文章をアレンジしてみた:

クレイグ・ライス

ミステリ──昔で言う推理小説・探偵小説の類をよく読んでいるかと聞かれると、僕の答えはノーということになるだろう。特定の作家の特定のシリーズしか読んでいないからだ。

考えてみれば、自分で言うのも変だが、多分僕はミステリそのものが好きだと言う訳ではないのだろう。

実際、読んでいても誰が犯人だろうかなんてあまり考えてもいない。トリックやアリバイ工作や名探偵による謎解きにもあまり興味がない。むしろトリックや謎解きが前面に出過ぎると、読んでいて嫌になってしまう。

だからかどうか、ミステリというジャンルは中高生の頃にとりあえずアガサ・クリスティから読み始めてみたが、なかなかもう1冊読もうという気にはならなかった。残念ながら僕にとっては、ポアロというのは魅力的なキャラクターではなかったようだ。

そして、その後も1冊だけ読んでみたけどそれで終わってしまったミステリ作家も少なくない。

そういうことだから、この文章がちょっとぐらいは参考になるかと思って読み始めた“本格ミステリ・ファン”の方がもしいらっしゃったら、この辺で読むのをお止めいただいたほうが良いと思う(笑)

極端に言えば、僕は真犯人が誰であろうと別に構わないのである。僕が好きなのは登場人物が魅力的で、生き生きとした会話が交わされるシリーズである。

だが、そういうシリーズにはそう頻繁には出会えない。当たり前かもしれないが、どうしても犯罪や捜査の仕掛けのほうが作品評価の対象になっているからだろうと思う。

結局のところ、僕にとって面白いミステリというものはないのだろうか?などと思えて、ちょっと糞詰まり状態になっている時に、友人の野原君に紹介されたのがクレイグ・ライスだった。

「やまえー氏ならきっと嵌まりますよ」と言われて、全くその通りになってしまったのである。

ライスにはハンサム&ビンゴのシリーズもあるが、僕が嵌まったのは小男の弁護士ジョン・J・マローンのシリーズである。

酔いどれ弁護士のマローン、大富豪の実業家ヘレン&ジェイク・ジャスタス夫妻の3人を主人公にしたこのシリーズである。

シリーズ開始当初はジェイクとヘレンはまだ結婚しておらず、ジェイクはただの貧乏な元新聞記者だった。ヘレンは超がつくほどの美人で金持ちだが、車の運転がめちゃくちゃ荒いという設定が随所で効いてくる(笑)

この2人をシリーズの途中で結婚させるというアイデアを、ライス女史はいったいいつから持っていたのだろう?(ひょっとして最初から?) いずれにしてもこういう展開がとても楽しい。

このシリーズは、全編にアメリカン・ジョークが散りばめられ、洒落た会話に溢れている。

アメリカン・ジョークとか洒落た会話とか言うものの内実はほとんどが「減らず口」である。僕もこういう当意即妙の返し方をしたいものだと常々思っている。

トリックとか謎解きなどは割合いい加減で、時にはマローンが嘘の証言をして可愛そうな真犯人を無罪にしてしまうなどかなりテキトーなミステリである。

昔の上司で、他人から借りた本を読む前に必ず「これ、正義が勝つ? 俺、正義が勝たないと嫌やねん」と確かめる人がいたが、彼にはひょっとしたらこんな不正弁護士は許せないかもしれない(笑)

そして、この3人のほかにも、いつも被害妄想気味の警部ダニエル・フォン・フラナガンやシティ・ホール・バーのマスターの「天使のジョー」、その弟(いとこだったかな?)で葬儀屋のリコ・デ・アンジェロなど、登場人物の一人ひとりがおかしくて、しかし、やたらと生き生きしていて楽しいのである。

最初に出た作品はもう 80年以上前、最後の作品もすでに刊行から 60年以上が経過しているが、それは全くマイナスにはなっていない。

野原君は「会話が大人だ」という表現をしていたが、まさにその通り。このニュアンスは読んでもらわないときっと解らないだろうなと思う。

なお、マローンものの長編一覧は下記のとおりである

『時計は3時に止まる』(別題『マローン売り出す』 Eight Faces at Three)
『死体は散歩する』(The Corpse Steps Out)
『大はずれ殺人事件』(The Wrong Murder)
『大あたり殺人事件』(The Right Murder)
『暴徒裁判』(Trial by Fury)
『こびと殺人事件』(The Big Midget Murders)
『素晴らしき犯罪』(Having Wonderful Crime)
『幸運な死体』(The Lucky Stiff)
『第四の郵便配達夫』(The Fourth Postman)
『わが王国は霊柩車』(My KIngdom for a Hearse)
『マローン御難』(Nocked for a Loop)

それ以外に『マローン殺し』と題した短編集が出ている(日本では山田順子訳、創元推理文庫)。そこには下記の 10編の短編が収められている(なお、ライスが発表したマローンものはこれ以外にもまだたくさんある)。

『マローン殺し』(The Murder of Mr. Malone)
『邪悪の涙』(The Tears of Evil)
『胸が張り裂ける』(His Heart Could Break)
『永遠にさよなら』(Good-Bye Forever)
『そして鳥は歌い続ける』(And the Bird Still Sing)
『彼は家へ帰れない』(He Never Went Home)
『恐ろしき哉、人生』(Life Can Be Horrible)
『さよなら、グッドバイ!』(Good-bye, Good-Bye)
『不運なブラッドリー』(The Bad Luck Murders)
『恐怖の果て』(The End of Fear)

ハーラン・コーベン

マローンものを堪能して、そろそろ 20世紀も終わる頃に、似たテーストのユーモア溢れる上質のミステリに再び出会った。それはハーラン・コーベン作によるマイロン・ボライターとウィンザー・ホーン・ロックウッド3世(通称ウィン)のシリーズである。

マイロンとウィンは大学の同級生で、バスケットのスターだったマイロンはドラフトで指名されてプロへの道を進むが、すぐに怪我をして引退。その後2人は FBI の捜査官を勤めた後、マイロンはスポーツ・エージェントに、ウィンは家業をついで全米を代表する巨大会計事務所を経営している。

ここまで読むとハードボイルドかと思ってしまうが、この2人が実は猛烈なテレビ番組オタクだったり、マイロンはヨーグルト・ドリンクを愛飲していたり、いい年をしていまだに親の家で同居している(アメリカでは考えにくい)などの設定が面白い。

繊細なマイロンに対して、ウィンは「優しさ」とか「暖かさ」とかいう心情的なものを全く理解せず、金にものを言わせ、奔放なセックスをし、人を平気でぶっ殺す。ところがマイロンとの間には不思議に強固な友情がある。この辺りも面白い。

そういう奴だからこそ、マイロンが窮地に陥った時には大変頼りになるのである。

またマイロンの事務所の2人の従業員(うちひとりは後に共同経営者になる)が、女子プロレスの元世界タッグ・チャンピオンだというのもナイスな設定である。

こちらのシリーズの会話もまた絶妙な「減らず口」オン・パレードで相当に楽しめる。人物も皆キャラクターに溢れ非常に生き生きとしている。ミステリとしての仕掛けもライスよりはるかに精緻だ。

シリーズ第1作は『沈黙のメッセージ』( DEAL BREAKER )である。このシリーズは日本では7冊出版されたが、“本格ミステリ・ファン”には受けなかったのか、そこで打ち切りになっている。本国アメリカでは 11作が上梓されたようだ。

実はこのシリーズの第6作『パーフェクト・ゲーム』(THE FINAL DETAIL)の巻末についている解説のタイトルが「へらず口ヒーロー」となっていて、「くそっ、先に書かれた」と悔しく思ったのだが、でも誰が銘打つとしてもこうなるよな、とも思う。

僕はひたすら重苦しくて読むのがしんどい(けれど読み終わった時の余韻が半端ない)ような作品も好きだが、その一方で人間同士の会話が軽やかで面白い小説が好きだ。

そういうのが読みたくなったら、この2人の作家のアーカイブから1冊選んでみられるのも良いかもしれない。

クレイグ・ライス作品一覧:

『居合わせた女』
『セントラル・パーク殺人事件』(ハンサム&ビンゴのシリーズ)
『七面鳥殺人事件』(ハンサム&ビンゴのシリーズ)
『エイプリル・ロビン殺人事件』(ハンサム&ビンゴのシリーズ)
『スイート・ホーム殺人事件』
弁護士マローンのシリーズ:上記の長編11冊+短編集1冊(10作品)
『ママ、死体を発見す』(ジプシー・ローズ・リー名義)
『被告人ウィザーズ&マローン』(スチュアート・パーマーとの共著)
『ジョージ・サンダース殺人事件』(ハリウッドの映画スターであったジョージ・サンダース名義)

ハーラン・コーベン作品一覧:

『沈黙のメッセージ』
『偽りの目撃者』
『カムバック・ヒーロー』
『ロンリー・ファイター』
『スーパー・エージェント』
『パーフェクト・ゲーム』
『ウイニング・ラン』

以上がマイロン・ボライターのシリーズ。残念だが日本での翻訳はどうやらここで打ち止めになったようだ。

この後コーベンは主人公を甥のミッキー・ボライターに変えて、新しいシリーズで3作書いたようだ。それ以外では日本では下記6冊が翻訳・出版されている。

『唇を閉ざせ』
『ノー・セカンド・チャンス』
『イノセント』
『ステイ・クロース』
『偽りの銃弾』
『ランナウェイ』

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