”手紙”を届けるということ、それ即ち……~ヴァイオレット・エヴァーガーデン~


『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』(著:暁佳奈、イラスト:高瀬亜貴子)上巻及び下巻を読了。
以下に簡単に感想を綴る。
筆者は京都アニメーション制作のアニメ版は未だ視聴していないため、原作小説のみの感想であることを留意されたし。

◆あらすじ◆

『自動手記人形(オート・メモリーズ・ドール)』その名が騒がれたのはもう随分前のこと。
オーランド博士が肉声の言葉を書き記す機械を作った。
当初は愛する妻のためだけに作られた機械だったが、いつしか世界に普及し、それを貸し出し提供する機関も出来た。
「お客様がお望みならどこでも駆けつけます。自動手記人形サービス、ヴァイオレット・エヴァーガーデンです」
物語から飛び出してきたような格好の金髪碧眼の女は無機質な美しさのまま玲瓏な声でそう言った。

物語の大枠をまとめれば、
兵器として育てられ人間性を失ってしまった元軍人の少女・ヴァイオレットが、のちに彼女にとって最も大切な人物となる上官・ギルベルト少佐との関係を通じて生まれ変わる……という話だ。
一人の少女が、愛を知り人を知っていく物語。単純に言えばそのような表現になるか。
「届かなくていい手紙など、この世にないのですよ」
本作を総括すれば、主人公ヴァイオレットの発するこの一言に集約されるのではないかと私は思う。
手紙、は想い、言葉、愛……色々置き換えられるだろう。


個人的に気に入った要素を挙げていこう。
まずヴァイオレットの容姿を形容する際の一節が毎回なんというか滑らかな気がして 、そこでおお良いなと思わされた。
新しい章で代筆の依頼主等新たな人物と出会う度彼女の髪色や装飾品を含めて出で立ちが綴られるのだが、その筆致が妙に心地よい。

好きな場面は、一番は決め難いが、強いて一つ挙げるならば飛行手紙を受け取った所だろうか?
『げんきをだして』……この一言に込められた想いは色々あるよなあ、と印象に残った。
この手紙を書いた、おそらくは子供の拙いながらも精一杯絞り出したであろう一言。
それは、少佐を思い続けて再会を待ち続けたヴァイオレット本人にはもちろん強く響いただろうし、我々読者に語りかけるにも十分な力を持った描写であったと私は思う。
そしてそこから、その直前のカトレアとの対話、ディートフリートとの邂逅を経て、最終章で起こる事件へと急速に物語が進行していくのだ。
最後の最後、愛を少しだけわかるようになったと語るヴァイオレットと愛していると深く語るギルベルト、で締めるのは十分綺麗に幕を閉じられているかなと。

予想外だったのは、戦闘描写が中々に多いことだろうか。『少佐と自動殺戮人形』以降で明かされるヴァイオレットの経歴を知ったあとではそうおかしくはないのだが、背景が明かされるまでは少し面食らったまま読み進めることになった。
前書き(?)でも語られてる通り、作者の暁氏が筆の乗る場面のようだ。

さて、全体の構成として、『代筆屋としてのヴァイオレット』と『軍人としてのヴァイオレット』を描いたエピソードに大別されると思うが、伊人によっては「作品を通して表現したいことが一貫してないのでは」という感想を抱くかもしれない。
ギルベルトとのラブストーリーを描きたいのか?それぞれの手紙の依頼人の物語を描きたいのか?……一見確かにどっちつかずのように見える可能性はある。
ただどのエピソードも根底には、言葉、想い、あるいは愛、というものを伝える過程……を真摯に描き切っていたと思う。
下巻の最終章で少佐と向き合うラストシーンにはそれこそ集大成だ。
ヴァイオレットがギルベルトから、ホッジンズから、C・H郵便社の面々から、あるいは代筆業を通して出会った人々から学んだ、与えられたものが、完全ではなくとも彼女に積み重なり形作られたことが実感できる。

人ではない機械(ないしはそのような存在)が人との交流を通じて心を愛を知る、という物語は実際大衆に普遍的な物語で、場合によっては手垢のついた作品に思える可能性はある。
そこに(おそらくは)現代人の馴染の薄れた『手紙』というファクターを重要なものとして添えることで、新鮮な印象を受けるという反応もあるか?


この作品を読み終えたときは、手紙と言う文化に、今一度触れ直す機会になるのではないか。
そして想い抱く感想はまさしく、下巻を締めくくってあるあの一節通りだろう。

――この世界で代筆屋をこなす者を人は『自動手記人形』と呼ぶ。
――自動手記人形を扱う業界の中では、とりわけ有名な人物が居る。
――玲瓏な声に、それに見合った美しさ。
――金糸の神の碧い瞳を持った女性の自動手記人形。

――ある人は声が良いというし。
――ある人は文字が綺麗だと言うだろう。
――ある人は彼女に心を助けられたと言い。
――ある人はその美しさに陶酔し心酔する。

きっとその、『ただの、一風変わった少女』に仕事を依頼したくなるに違いない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?