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イメージしない思考

棋士の谷川浩司が書いた、藤井聡太と最近の棋界について書かれた本を読んだ。

僕は棋士が書いた本が好きで、羽生善治をはじめとしていろいろな本をよく読んでいるけれど、藤井聡太について書かれた本は特にここ最近ものすごく増えたな、と思う。

というか、将棋界を語る上で藤井聡太は欠かせない存在となっていて、もはや一過性のブームを超越して、持ち前の彼の強さと「異端」ぶりをよく表している。
 
興味深いのは、ここ最近で世間を沸かせている「AIブーム」と、藤井聡太は直接は関係がない、ということだ。

もちろん、いまの棋士であればAIを使った研究は欠かせないので、彼も自分の将棋の勉強のためにAIをフルに活用しているだろう。研究のために彼が購入したCPUは、「個人で購入できる最上級グレードのもの」である、ということが話題になった。スパコン一歩手前の性能ということだろう。

しかし、彼がAIを導入しはじめたのはプロになる前後の話であり、伝説となった、「プロ入り後の29連勝」の頃はまだ本格的には導入していなかった。そもそも、小学校の時点で、全棋士が参加する詰将棋選手権で連覇を成し遂げており、それ自体が常識では考えられない偉業なのだという。

つまり、「AIで強くなった」のではなくて、「彼はもともと強い」のである。たまたま、AIが棋士のあいだで当たり前になった時代に生まれただけであって、もっと別の時代に生まれていたとしても、規格外の強さを誇っていただろう。それが興味深いな、と思う。


 
彼の強さについて考えるとき、ひとつ面白い要素がある。普通、棋士というのは手を考えるときに、盤面を頭の中で思い浮かべて、アレコレ駒を動かしてものを考えるらしい。将棋というのはボードゲームであり、二次元的な動きをするものだから、そうやって仮想の盤を使ってシミュレーションするのは必須であるように素人的にも思える。

しかし、藤井聡太は、どうもそういう「仮想の盤」は使ってないそうなのだ。では、どういう風に思考しているのかというと、「符号」で考えているらしい。符号というのは、つまり「2六歩」みたいな、棋譜として残されている記号のことだ。盤面を思い浮かべずに、記号だけで考えている、ということになる。

僕みたいな素人にはさっぱり理解のできない世界なのだが、これがプロ棋士にとっても謎らしい。あらゆる棋士が、「そんなことできるんですか?」と驚愕しているのを目にしている。
 
これについて、糸谷九段が、YouTubeの動画の中で、「盤面を思い浮かべるのが通常の棋士だと思うが、それがCPUの無駄遣いだったと言われると、どうしようもない」みたいなことを言っていた。

つまり、藤井聡太は「盤面を思い浮かべる」ということをしないので、そのぶんの思考力を「手を読む」ことに振り分けることができる、というわけだ。

……いや、それがわかったとしても、具体的にどういうふうに思考しているのかなんて全くわからないのだけれど。
 
それが省エネで最善の方法だということがわかったとしても、誰もいまさら切り替えられないのだという。まだ将棋を習っていないごく小さい子だったら可能性はあるかもしれないが。どういう仕組みになっているのかはなはだ不思議である。
 

しかし、後天的に身につけるのが難しい思考法であっても、なんらかの方法はあるような気がする。僕は、仕事でマインドマップを使ってものを考えることが多いのだけれど、それを執拗にやり続けていたら、いつの間にかマインドマップを書くことなく、それに近い思考ができるようになった。

ものの考え方というのは、いろんな「型」がある。でも、いったんなにかにハマると、急に変えるのは難しいのかもしれない。

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