何にもなりたくないと思った

私は今ものすごく下手くそな生き方をしている。

そんなとんでもなくしょうもない話を書く。
なんでいきなりこんな、自分の日記に書いとけばいいことを人に共有するのかと思われるかもしれない。正直自分でも相当恥ずかしいことだと思うけれど、そうした方が今はいいかなと思ったから、もう開き直ってやろうかなと思って。

弱さ、悔しさ

自分を取り戻したいなと思う時が割とよくある。

私は昔からすごく気にしいで、自分が人にどう思われるかいつも考えて行動してしまう。「今後はこういう話題は控えよう」とか「もっと明るい口調で、こういう笑い方をしよう」とか「こうしたらつまらないと思われる」とか。好きなようにしたらいいと思うのだけど、なかなかそう自信が持てないところが自分の弱いところだ。

そうして自分の振る舞いを変えてしばらくすると、そんなことを気にせずのびのびしていた自分が羨ましくなることがある。

こんなふうに不安定で子どもっぽい自分がもう死ぬほど恥ずかしい。芯を持っていて強く明るく見える人たちみたいにになれない自分が悔しい。
これでいいと思える自分になりたい、自分に納得したいって気持ちだと思う。そういう悔しさ。
じゃあ納得できない自分をすこしずつ納得できるように鍛錬していくしかないから、がんばろうと思ったのが多分数ヶ月前。

それで最近、自分の感情をあまり表に出さないようにしていた。

何を頑張ってるのか

それで頑張り出したのはお分かりのとおり仕事だった。
仕事の間は自分よりも、お客さんや仲間の気持ちに思い切り集中して、それが原動力になるからとても健康的な感じがした。
友達付き合いとか趣味とか諸々よりも、とにかく本を読んで勉強したり、家でも仕事をすることに時間を費やしまくった。
もともとやりたいことと合ってて今の仕事が好きな性格もあるけど、それに費やした時間はちゃんと成果に反映されて嬉しかった。

むしろ友達といると、向き合いたくない自分らしい自分が出てきてしまって疲れた。友達との連絡も返事が遅くなりがちになったし、会ってても自分の振る舞いや発言の不自然さが気になった。

自分のことを考える時間は減ったけど、ふとした時に「いや、だめだろ」と思った。いや、最初から分かれよって感じだけど。

私は何のために何を頑張っているんだ?
この先に本当に納得できる自分はいない。

「意地でも明るいことをやってた方が絶対にいい」

これを書く直前、ある記事を読んでいた。

ここ数ヶ月、私はほぼ無意識にカネコアヤノさんの歌から距離を置いていた。
もともと彼女の歌は大好きでいつも聴いていて、ライブに行ったり、弾いたこともないギターでめいっぱい練習して友達に聴かせたりまでしていた。少し前までいた好きな人との思い出も彼女の歌の中にはたくさんある。
日常の端々にある当たり前の感情のようなものを、魂の叫びのようにまっすぐ歌うスタイルに何度も励まされてきた。

さっき書いたみたいに自分の感情に出てきてほしくなくて、距離を取っていたんだと思う。思い返せば、最近はずっと歌詞のない単調な曲やLofi hiphopばかり聴いていた。

なんとなくTwitterを見ていて、タイムラインに流れてきたカネコアヤノさんのインタビュー記事を開いた。

やっぱりそういう部分って、人はみんな一緒だと思うんです。だから「救う」みたいな言い方は大げさでできないけど、「そうだよね。じゃあちょっとがんばってみようかな」くらいの寄り添い方ができたらいいなと思ってる。
疲れて帰ってるときに聴いて、「カネコアヤノ聴いたらちょっと大丈夫になったわ」くらいの。「私のために歌ってるんだ」ってみんなに思ってもらえたらと思う。実際に「あなたに歌ってるよ」って言い切れるので、私は。

途中に貼ってある「さよーならあなた」の動画を流した。以前よりもパワフルな音、髪は短くなっている、力強い視線、ありのままの張るような声。
彼女の歌を聴いて体の奥が熱くなるような感覚を久しぶりに味わった。

あとやっぱり、不幸とか、陰の気ってめちゃくちゃ強いなと思うんです。だから意地でも明るいことをやってたほうが絶対にいいし、「ハッピーなことに越したことなくね?」っていう考えが根本的にある。あるというか、「音楽をやってくぞ!」って思うようになってからは、そういうふうに念じているところがあって。音楽なんて絶対に自分がどうかでしかないし。

明るくてハッピーな自分でありたいと思っていたはずなのに、今の自分からは「不幸とか、陰の気」みたいなものが出てるのを感じる。
だからこのままじゃいけないと思ったし、カネコアヤノさんのこの記事を読もうと思った。この言葉を読みたかったんだなと思った。

自分には音楽みたいなものはないけど、今の仕事が自分の逃げ場とかじゃなくて、自分も周りも無理せず自然にハッピーでいられるようなものになっていくといいなと思う。

過去の自分を取り戻そうとしたり、無理に自分をコントロールしようとしたり、人にどう思われるか気にしたり、まあ考えちゃうのは性格上仕方ないけどもっと適当でもいいのかな。
具体的にどう考えていったらいいのかとかまだよくわかんないけど、今書いてるみたいに思ったことをまた素直に書いてみたり、人に伝えてみることは間違ってはないのかな、と思う。

ほんっとに下手くそでしょうもないわね〜!
おわり。

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HYGE Interface Inc. ( https://hyge.co.jp )という会社でユーザーインターフェイス設計をしたり、NPO法人共存の森ネットワーク( https://www.kikigaki.net )の理事としてサステイナブルデザインを考えたりしています。

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