戯曲「ウォーターフロント」 04/06

◆4場 電車のホームにて 【冬】

・登場人物
利信(1場に出てきたカップルの男)
朝。雨が降っている。高架鉄道の電車のホーム。

利信 朝子に振られて初めて迎えるクリスマスの前に、まるでイベントの熱を冷やすように降り出した雨は、一向に止む気配がなくて、それからあっという間に1ヶ月が経った。1週間ぐらいの頃は、テレビも芸能人の不倫問題の方に時間が取られて大した世間の関心も買っていなかったけれど、2週間、3週間となってこれは大変だと、専門家が引っ張りだこになった。
でも、その頃になると、俺たち住民はもう、その状況に慣れていた。しとしと降る陰鬱さが当たり前の生活になっていた。

だんだんと、雨が強くなっていく。

利信 その日俺は、ホームで電車を待ちながら、時折、爪の生え際にあるささくれを触っていた。今朝、焦げたパンを食べている時に気が付いたが、ハサミで切る時間もなくて、そのまま家を出てきたのだった。 我慢できる痛みだった。 我慢できる痛みだったから、時折触って、痛い、と思って、ああ、ささくれだと、なんども繰り返していた。
異常気象、という言葉がありふれ過ぎて、最早「通常」の方が分からなくなっていたけれど、流石にこの季節にタイフーンが生まれた、というニュースへの違和感は持てている。とても大きいらしい。この街に接近しているニュースを聴きながら、俺はいつものように会社に行こうと、電車を待っていた。習慣によって、身体が動かされていた。

利信、指先に触れている。
だんだんと、雨が強くなっていく。

利信 雨で電車が遅れているとアナウンスされる。周囲からため息が漏れる。指先から視線をあげると、俺が駅まで歩いてきた時よりも、遥かに雨が激しくなっていたことに気が付いた。早く家出て良かった、と思いながら、再び、視線を指先に戻す。

間。電車は来ない。

利信 剥がれた皮の下に、赤い肉が見えた。綺麗だなと思った。

間。電車は来ない。

利信 どれくらい時間がたったのか。周囲で同じように電車を待っていた人たちはいなくなって、俺ひとりになっていた。電光掲示板の時計を見て、始業時間を過ぎていることに気づく。電話を…。

利信、腕に力が入らない。少し痺れているようだ。
ささくれを気にする。

利信 雨はますます酷くなっていく。そういえば、最後に晴れを見たのはいつだっけな、いつだっけな、と記憶を巡る。けど、はっきりと思い出すことはできなかった。…ささくれが取れた瞬間、少し遠くに見える川の土手から、水が溢れ出すのを見た。

川が氾濫し、街は水で満たされていく。湖ができる。


(続)

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