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まばたきの季節

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「まばたきの季節」は、2018-2019年にかけて、四季に合わせて一週間ずつ、計4回京都に滞在し戯曲を執筆する、京都芸術センターとの共催事業です。
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#演劇

短編戯曲「私の好きだった週末」

・登場人物 本城拓馬 本城紗和 本城真紀・・・拓馬の母 バニラ・・・拓馬の実家の犬 ◆本編1.車のなか 高速道路。渋滞している。 車中、運転席に紗和、助手席に拓馬。 拓馬のスマートフォンとカーステレオを無線で繋いで、音楽が流れている。 しばらくして、メールの通知がくる。 拓馬、スマートフォンを確認して、視線を窓の外に移す。 拓馬 「何時に着く?」 紗和 え? 拓馬 母さんから。 紗和 あー。…あと100キロだから… 窓の外は良い天気。車が永遠に続いている。 紗

戯曲「ウォーターフロント」 06(完)/06

◆6場 あたらしい川辺にて(70年後) 【春】・登場人物 見物客(ヌートリアを見る) 飯田 桜井 カップル(男) カップル(女) 女1      他 70年後。氾濫によって、新しく生まれた川辺にて。 見物客 あ、ヌートリア! ヌートリアが泳いで、川岸に現れる。 わらわらと見物客が増え始める。「わー」「すごーい」「ヤバい」「キモい」などを言いながら集まる。。 以降、舞台上には度々人間が通りかかるようになる。川の日常を作る。 ヌートリアは草を食べ続ける。時々移動し

戯曲「ウォーターフロント」 05/06

◆5場 湖畔にて・登場人物 記憶の人(その土地を覚えている) 川が湖になった。中央に浮かぶ湖畔にて。 以下、記憶の人の言葉。 この湖の前は、川と街がありました。川が流れる前は、そこにたくさんの家が建っていました。建てられる前は、たくさんの自然で満ちていました。その前にも川が流れていました。そして元をたどれば、ここはほとんど海でした。 消え去った大地について想像します。忘れ去られた彼ら彼女らについて想像します。一箇所に留まることしか許されなかったあなた。もしも私が一人一人の

戯曲「ウォーターフロント」 04/06

◆4場 電車のホームにて 【冬】・登場人物 利信(1場に出てきたカップルの男) 朝。雨が降っている。高架鉄道の電車のホーム。 利信 朝子に振られて初めて迎えるクリスマスの前に、まるでイベントの熱を冷やすように降り出した雨は、一向に止む気配がなくて、それからあっという間に1ヶ月が経った。1週間ぐらいの頃は、テレビも芸能人の不倫問題の方に時間が取られて大した世間の関心も買っていなかったけれど、2週間、3週間となってこれは大変だと、専門家が引っ張りだこになった。 でも、その頃に

戯曲「ウォーターフロント」 03/06

◆3場 山中にて 【冬】・登場人物 栞(今となっては冷え性) 初(占いアプリに課金した) 早朝だが暗闇。曇天である。 栞 寒すぎませんか。寒すぎますよね。 初 暑くなったり寒くなったり。 栞 …今日雨が降るか知ってます? テレビで天気予報見ましたか? 初 朝はテレビを見ない主義なんです。 栞 ああ、持ってはいるんですね。 初 テレビは好きです。勝手に番組が流れるので、ネットよりも能動的になる必要がありませんから。 栞 それじゃあラジオでも良いのではないですか? 初 そうで

戯曲「ウォーターフロント」 02/06

◆2場 隣町にて(かつて川があった街) 【秋】・登場人物 母 姉 弟 カエル 一軒家。乱雑な部屋。引越しの途中で段ボールなどが積まれている。大掃除の後。夕方。 カエルの鳴き声がする。 弟 カエル。 鳴き声がする。 姉 え、なにこれ 弟 カエルが鳴いてる。 母 へえ、珍しい。 鳴き声がする。 弟 …家の中じゃない? 姉 え、ウソ最悪、どこ。 鳴き声がする。 家族で家の中を探し始める。 弟 なんの種類だろう。 姉 どうでもいいから早く捕まえてよ。 母 カエルを最

戯曲「ウォーターフロント」 01(始)/06

この戯曲は、川岸にいる様々な断片的な出来事や思いを羅列している。 人の点(一瞬)を連続で描き、線(川/時間/街)を引いた。 川では多くのもの/ことが流れてくる。けれどその全てを掴むことはできない。 本編◆1場 川辺にて 【夏】・登場人物 男 女1 見物客(ヌートリアを見る見物客) 老人1(生き物が好き) 女2・女3(大学生) サラリーマン 利信・朝子(カップル) 小学生を連れた母親 サッカー少年 ミュージシャン志望 川の清掃員 男・女 野鳥の会 殺し屋 修学旅行生

朝の話

誰かに肘をつねられたような気がして、目が覚めました。痛覚はないはずなのに、痛みが残っていました。痛みは熱と電気でできているので、原材料は恋とほとんど同じだから、つまりこれは恋の始まりということだ。にんまり。朝はいつも今日生きる目的を探しがちだけど、結局見つからないことが多い。だから私は幸せ者だ。このぬくもりをお裾分けしたくて、お鍋に入れてお隣さんの家を訪ねた、でも誰も出てこない。私の1DKに留めておくのはもったいないけど、誰にも知られないひみつの方が、結局蜜の味になったりしま

フェロモンの話

みんなのことがあんまり好きじゃないことがバレてしまった。暑さでぼんやりしていて、脳からトロっと漏れた。帰りに買ったペットボトルの水が腐っていて、口に含んだ瞬間すぐに吐き出した。自分の生まれた季節は、夏は、汚いものが増えすぎる。生命はとても臭いものだ。 時すでに遅く、自分の身体もドロドロに腐敗していく。清潔になりたいと、ただそれだけを祈りながら蛇口をひねるが、消毒された水道水は、ドロドロを押し流していくだけで、溶かすことはできなくて、どんぶらこを続けて次第に海に出る。底へ沈みな

ささくれの話

爪の生え際にあるささくれが、研ぎ澄まされた針のように私の顔に向いているから、私はいつも本能的にその照準から外れようと妙な動きをしてしまう。レジでお釣りをもらう時もよけて、握手をする時もよけて、授業中も向いてるのに気が付いて飛び跳ねてしまった。 手というのはどうも生活の中で動き過ぎるし、なおかつ視界に入り過ぎてしまうから、私はどうしてもこの剣先を気にし過ぎてしまうのだ。 今はまだ手の先で収まっているからいい。けれど次第にどんどんめくりにめくれて、腕から二の腕へ、脇から胸へ、首を

産毛の話

逆だった産毛がタワシを通り越して剣山みたいになるところも含めて、すごく好きです。最愛という言葉を、本当に使う日がくるとは思いませんでした。あなたと歩くいつもの散歩道はアスファルトで埋め尽くされているわけですが、さすがは都会っ子、この先の道も永遠に同じ材質で続いているみたいな世間知らずの顔をしていますね。土だってレンガだってあるはずなのにね。 歩いても歩いても終わりがこないことに慌ててしまうこともあるけれど、もしあなたが手を握ることで私を傷つけてしまうと恐れているのなら、どうか

天国の話

趣味の悪い服がバズっているものを見かけて、世のため人のために未来を憂うごっこをする。センスが悪いものがまかり通るのが許せない、という私の服もダサい。吐いている息までダサい気がしてきた。部屋にはクーラーがついているから、沈む冷気が盛りだしていて、昇っていくハートウォーミングたちがかわいそう。こんな簡単に天国にいけるなら、意外と死ぬことって身近なことなのかもしれないと思う。窓の外にアイスを置いてみて、地獄も近くに感じてみる。私に似合うのはこっちかもしれないなあって。

白和えの話

セール中のスーパーで買ったなにかしらの白和えを口にしながら、それの咀嚼と記憶の反芻を交互に行う。確かにあの子は死んでしまった訳だけれど、それについて僕は完全に無関係な立場だったし、なおかつ白和えは美味しい。誰かのことをおもうことは、いい人の証、だと習ったので、ネットで知った情報だけで思い出話を始めた。 続けてしばらく、季節を越えたあたりで本当に知人だったように錯覚し始めた。西日が短くなるにつれて、暗闇が長くなるにつれて、あの子の気配は増していく。そういえば夏から先は、幽霊の

扇風機の話

無人の部屋でカラカラと回る扇風機の羽に糸を結びつけて、その反対にボールペンを結びつけて、幾分か暴力的にしてみました。ブルンブルンと羽と一緒に回るペン先が畳や土壁に叩きつけられ、だんだんとインクが飛び散っていきます。部屋中が真っ黒になった頃、家主が返ってきて「やっぱ夏だからね。」とか気取った何かを言いながら、扇風機に詫びを入れて欲しい。話はそれからだ。