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211007【合鍵とゲレンデ】

その年の冬に彼女と付き合いだして早々、「合鍵を作りましょ。」と言われ、近くの大型ショッピングモールに向かい、合鍵を作ってくれるお店にお願いした。都内では珍しい大型ショッピングモール。結構、ここでデートしたし、服を買ったりした。彼女と付き合いだして、まずびっくりしたのは、こんなにも早く、合鍵を作って交換する、という彼女の行動。恥ずかしながら、自分の恋愛における交際人数、経験が乏しいのか、合鍵を作るというイベントが付き合って一週間で生じるとは思わなかったし、初めての合鍵だった。モール内をデートしている間に合鍵は作られ、作った合鍵では彼女の部屋に入ってみる。鍵を開けられた瞬間、少し感動した。

「これで、いつでも入れるね。」

その一言にどんな意味があったのか分からないが、しばらくして自分の部屋の合鍵も作って彼女に渡した。

彼女との思い出を書き出してみる。これは、誰のためになるのか一切分からないのだけど。どうせ、最後は別れるオチなのだが、これは多感だった20代のひとときを振り返る駄文だ。

付き合い出してまだ一ヶ月も経たないうちに、彼女からスキー場に行こう、という計画が出た。自分は、スキー場が苦手、というか、ウィンタースポーツが苦手だ。20数年生きてきて、スキー場に行ったことが1回しかないのだ。その1回も小学生低学年の頃、地元の地域の振興会で、両親と弟とで観光バスに揺られ、スキー場に行ったものの、雪原には一歩も行かず、レストランで食べて飲んで、風呂に入っての異端なリゾートだった。なぜスキーをしなかったのかというと、当時、太っていた自分は転んだり、失敗するのが怖くて、雪原には近づかなかった。失敗を恐れる、典型的な日本人だ、自分は。親からは、スキー、スノーボードがダメならと、ソリを提案されたが、ブレーキの掛け方に自信がなく、そのままぶつかってしまったらどうするんだと抵抗した。可愛くないガキである。よって、ラーメン、大浴場、パフェ、ジュースでスキー場での時間を潰していた。勇敢な弟は、ソリにチャレンジしていたが、スキーをしている人に突っ込んでいるシーンをガラス越しの温々な場所から見ていた。「ほら見ろと。」。それ以降、大学、社会人とスキー場との接点は無く、誘われたことはあったが、「なぜ寒い日に更に寒いところに行くんだい。」と追い返していた。そこに、ゲレンデがとけるほどの恋があったとしても、それは雪融けとともにとけるに決まっていると思う。ただし、その当時の彼女は、また別の話だ。アツくなる瞬間も、とけるというか、とろけるような瞬間も楽しませてもらったんだろう、そのときだけは。スキー場との相性が良くないことを前提として、自分は、彼女の提案を快く受け入れた。また一つ、大人になったのだ。大人の階段ではなく、スキー場のリフトを登るような。これは例えが寒い。スキー場に行くとして、彼女からの提案は、2人で雪原デート、というのではなく、彼女の職場の同僚、先輩と行く、ということだった。彼女の勤務先の保養所がスキー場の一メッカである越後湯沢にあり、今度の週末にレンタカーワンボックスカーに乗り皆で行こう、彼氏も連れてきなよ、というノリだった。

彼女との初の外泊、余計な人間も居るのかよ、と思いつつ、その場のノリで雪原、ゲレンデ、スキーも良いねと彼女に返し、その週末、自分は彼女にくっ付く形で、彼女の職場の御一行にお供し、越後湯沢を目指した。土曜日の午前、やっぱり自分は亀有で彼女と落ち合い、拾ってくれるファミリーカーに乗り込んだ。

「は、はじめまして、矢口と申します、2日間、よ、よろしくお願いいたします。」

そうするしかなかった。アウェイな中に、「誰だよお前。」な奴が一人。しかもほぼスキー、スキー場未経験で、付き合ったばかりの彼女との時間を過ごしたく、着いてきました、な感じである。ただ、皆、優しく接してくれて、男女7人の冬の小旅行は楽しいものだった。もちろん、付き合っている、という関係性があるのは、旅のメンバーの中で自分と彼女だけで、変な気遣いをさせてしまうか心配になったが、同世代の話でなるべく合わせ、2日間、楽しい時間を過ごすこととなった。

都内で参加メンバーをピックし、高速道路に揺られ、土曜日のお昼前に着いた越後湯沢。自分はもちろん自前のスキーウェア、スキー板もボードもなかったため、オールレンタルだった。彼女が限りある中でコーディネートしてくれ、初めてスキーウェアを纏い、これはどう扱えば良いのか分からない古汚いボードをレンタルして、雪原に降り立った。そこからは7人の行動は様々で、ガチ勢の人もいれば、難易度の低い低傾斜で滑る人もいた。自分は、ひらすら、彼女について、スノーボードを学ばせていただいた。彼女も、数回のスノボ経験があるのみで、一緒に滑って、コケて、手を取り合って、それが楽しい時間だった。極めつけは、リフトに一緒に乗った瞬間だった。今にも落ちそうな急勾配、無防備なリフトに彼女と一緒に乗り、身を寄り添い、彼女がキスをしてきたこと。自分がこの2日間で、初めてのスノーボードにも関わらず、身体能力だけで何とか木の葉滑りまでできたこと、それをK点超えしてきたのが、彼女と一緒に乗ったリフトでの、彼女からのキス。あぁ、ベタだけど、これが青春かと思った瞬間だ。そんな彼女に、ゲレンデで悔しくもとけるほどにまで及んだ2日間の後、彼女が自宅に遊びに来た。

もちろん、彼女には、合鍵を渡しており、急な接待という名の合コンで、帰りは24時過ぎになったその日、自宅に帰ると、彼女は布団の上で、自分のジャージを勝手に纏い、既に寝ていた。彼女を起こさないように、ジャケットを脱ぎ、Yシャツを脱ぎ、スラックスを脱いで、シャワーを浴びようと瞬間に、彼女はムクッと起き、自分の耳元にやってきた。

「結構、持っているじゃん。」

え、なんのこと。自分は、立ち止まった。ただ、彼女に対し、「なんの話?」と聞けなかった。彼女は、基本Sっ気で、自分はいつも受け身な態勢。だから釣り合う、というのはご都合主義だが、自分はどうしても、強い女性が好きなようだ。そんな彼女の「結構、持っている。」の意図は貯金通帳の額だった。自分が仕事をしている合間に、先に自宅に入った彼女は、部屋中をコソコソする中で、自分の貯金通帳、預金額に辿り着いたらしい。この経験、今の妻にもヤラれたことがない。その場で怒らなかったのは、少し褒めてくれたからだ、と思うが、今思うと、「勝手にそんなこと、しないでよ。」である。いくら、過去に借金持ちの彼氏と付き合っていた話をしようが、経験しようが、そこは見ちゃダメでしょ。と思い、そのまま彼女に対し、ストレートに言葉にしてしまった。その時は、彼女を落ち込ませてしまったが、彼女サイドからしたら、「この男は大丈夫だ。」という証拠の一つになったらしい。当時、新卒3年目の社会人の端くれだったが、貯金が3桁あったのは間違いない。別に高学歴、大企業勤務、高給取りじゃないけど、忙しすぎて、お金を使うシーンに恵まれず、いつの間にか貯金額は膨らみ、そんな中、アナタが覗き込んだ、というシチュエーションに過ぎない。ただ、それが彼女の印象を上げたようであった。無借金経営の大事さよ。自分は今、マンションの大型ローンが始まったばかりなのだが。

その、貯金通帳盗み見事件があった数日後、今度は、自分の部屋に帰ると、やはり彼女は先に寝ていたのだが、そこには、長文のレターが添えてあった。そこには、かなりの要約をするが、「ごめんね」「好き」「これからもよろしく」だった。自分は、彼女の寝顔を見ながら、ようやくハイボールを飲み始めた。まだ、付き合いだして1ヶ月ちょっと、まだまだ桜前線が北上しない頃だった。


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