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人生初の野菜作りが楽しくて価値のあるものだと気付いた話

見てください、このキュウリ。青々として太くて、みずみずしい。

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この野菜、誰が作ったと思います?
私です!!

2020年、人生初の家庭菜園(大)に挑戦

ことの発端は今年の4月。私、コロナ禍で半月くらい無職(※仕事数がゼロ)になってたんです。いたって健康で元気なのに何もやることがない。うららかな春の陽ざしが降り注ぐのに、外に出ることはままならない。こういう状態に置かれると、人って本当に病みますね。

このド田舎で、外出せず没頭できるタスクは何かと周辺を見回していて、見つけたのが庭の雑草取りです。昨年は仕事に追われて庭をほぼ放置してしまったから、今年こそは庭を仕立てよう、と。

もくもくと毎日雑草を取っていたら、ある日近所のSさん(70代後半の女性、ほっぺがへっこむ力ずくの笑顔がかわいい)が声をかけてきました。

「頑張っているねえ」

正直、そのひと声だけで涙腺が崩壊しそうに。久しぶりに労働を褒められたんですもの。というか、思えば旦那以外の人と話すの久々だったんです。

このSさんは、私の家の周りの空き地を利用して畑を作っています。私の庭とSさんの畑ゾーンが隣接しているから、連日それなりに近い距離でお互い土を耕していたわけですね。あいさつはしていたけれど、こういう近所の人との距離ってなかなか難しいじゃないですか。特に私は東京に10年間いたから、気軽に話しかけるのって結構ハードル高くて。だからSさんから話しかけてくれて、とてもうれしかった。

「私はもう年だから。体もつらくて、畑作りは今年が最期かなって。思ってるの」

いろいろと話していたら、Sさんはそう言いました。「またまたぁ、まだ元気だし、お若いから全然大丈夫じゃないですか!作ってくださいよ」なんて軽く答えちゃったんですが、後々私はこの言葉を撤回したくなるわけです。それはまた後で書くとして。

「1年も放置したらまた雑草だらけの空き地になっちゃうから、ちょっと勿体ないけどねぇ」

そんなふうに答えるSさんの残念そうな顔を見ていて、当時はただのニートだった私はポロッと「えぇ、じゃあ私、手伝いましょうか」なんて言ってしまった。

「やるかい?」

食い気味にSさんが顔を覗き込んでニカッと笑ってきました。そこからはもう、転がるようなテンポで私の畑ゾーン(一軒家の半分くらいの土地)が確保され、畑のイロハを教えてくれるというKさん(82歳の男性、町内会全体に響くレベルの大声がチャームポイント)を紹介され、翌日にはそのKさんの車でホームセンターに連行され、約4,000円分の野菜の苗を買い込まされました。

この時の私は「やべえ、なんか濁流にのまれてる」と青ざめていました。というか現状収入ゼロの私が4,000円分の苗とか買ってる場合なのか、と。

断ればいいじゃんって思いますよね。それがね、断れないんですよ。だってめっちゃ笑顔で「じゃあ行くべ」っつって突然イベントを放り込んでくるんです。そこにはまったく悪意がなくて、実際いい人たちだから、本当に断れない。田舎の住人のポジティブな圧力ってすごいんです。

「ようし、元気な苗がそろった!午後からさっそく植えるから。昼飯食べてから来るから、あとでね」とKさんはこっちのスケジュールも訊かずに手を振って去っていきます。まぁ、スケジュールがまっさらだったから困ることでもないのだけれど……。普段デスクに張り付いている私は、午前中ずっとホームセンターの苗コーナーを歩き回っただけでも結構疲れていて、午後なんて本当にへとへとでした。

キュウリ、トマト、ナス、ピーマン、ししとう、バジル、大豆、ほうれん草、大葉。

これが初の家庭菜園に挑戦する私に託された選手たちです。小さくて踏んだらつぶれそうな苗たちを、水をいっぱいに注いだ穴に植えていく。それからKさんが考案した直線を作る装置を追いながら、種を撒いていく。柔らかい土の上に、生き物たちが着地するのを見ながら、なんだか私は泣きそうになっていました。この子たちを私は育てられるんだろうか……だって、めっちゃ軽い気持ちでやり始めちゃったし、知識ないし……。

「いやぁきれいに植えられたね!あとはあれだ、脇芽を取ったり、雑草取ったり……」

Kさんが夕暮れのなかで今後のタスクを軽やかに述べていくけれど、初めてにしては広大すぎる我が領土を茫然と眺めて、不安でいっぱいになっていました。そんなこんなで、野菜作りが始まったわけです。

師匠Kさんと私のチームワーク

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小さい頃の野菜たちは、とにかく水をあげること。ただしトマトは乾燥地帯でも育つ野菜だから、よっぽど元気がないとき以外は水やりはなし。こんな感じで師匠のKさんから与えられたミッションを、私はただただコンプリートしていく。けれど、朝5時にはもうKさんが畑を見に来るから、その前に水をやっていないと「水やりしてるかい!?」と確認される。例えるならば、ヤル気の満ち溢れすぎた上司が毎朝5時に出勤する会社で働いている。とんでもねえ。

ただ私も私で、やり始めたからにはいい加減にやりたくないタイプなのです。Kさんより早く水やりをたっぷりしてやるぞ、と早朝に目覚めるように。さらに雑草はこまめに取り除き、葉に穴が空いていたり、しおれていたりするとすぐさまKさんに「これって病気ですか?どうすればいいですか?」と、訊くようになりました。ほうれん草……いや、報連相、大事。

そうするとKさんもヤル気に燃えてしまうタイプらしく、「こうやってね、支柱を立てるでしょ、でビニールをこうして……」と細かく指導してくる。さらには「雑草、もっと丁寧に取らなきゃダメだ」なんて厳しめのお叱りも受ける。くそうッと私は歯を食いしばり、畑を見に行ってはクワを土に振り下ろし、筋肉痛で体がバキバキになる日々が続きました。

ゴールデンウィークくらいまでは、これで良かったんです。問題は、仕事が戻ってきた5月から。東京出張の予定は相変わらず立たないけれど、自宅でできる執筆業は少しずつ増えてきました。新規案件のためのオンライン打ち合わせもぼちぼち入ってきます。

「大変お世話になります。……はい、資料拝見しました。はい……」

ピーンポーン。

Zoom画面に向かって真剣な表情で話していると、背後でチャイムの音が。取引先も「大丈夫ですか」と小声で訊いてくるけれど、もちろん仕事の打ち合わせ中なのだから出るわけにはいきません。

ピーンポーン「今回お声がけいただいて本当にうれし」ピーンポーン。

ストーカーかよ。「す、すみません、ちょっと……」と私が焦っていると、PC横の窓にKさんの影が。いや私の家の敷地ですやん、そこ。

「おおおおおい、明日から雨降るっつうから、今日でかい支柱に変えるのやったほうがいいぞおおおお」

取引先が耐えきれず爆笑。私、沈没。

これはまずい。無職の暇人だと思われている

でも、そういえばそうでした。私はKさんと仕事の話など一切していなかったし、なんなら家庭菜園に命をかけているかのような1ヵ月を過ごしていたわけですから、当然のことでしょう。

「Kさん、実は私、仕事をしているんです。この家のなかで」

打合せ終了後、私は畑へ走ってKさんに打ち明けました。Kさんはクワを持ったままぽかんとしていたけれど、すぐに大きくうなずいた。

「あれか、ニュースで見たよ、コロナでりもーとわーく、っつうやつね」
「う、うーん……まぁ、そうです、そんな感じです」

実際はこの家がオフィスだし、自分が経営者だし、もともと基本在宅ワークだからリモートワークではないんだけれど、どう話したら伝わるのかさっぱり想像がつきません。

仕事に関わる人、同じ価値観を持つ人、似たライフスタイルの人に囲まれて生きてきたから、スマートフォンすら難しくて使いたくないって言うKさんとの意思疎通は、めっちゃ難題なわけです。

「文章を書くのが私の仕事で、家が職場でして」
「えっ!?文豪さんかい?そりゃぁたまげたな……」
「!!違う、違うんです!例えば、新聞とか雑誌、あるじゃないですか。あれがインターネット上にもあって、その記事をね、取材して書いてて……」

野菜のケアをしながらこんなやりとりを何回も繰り返して、ようやくKさんに「つまり暇人ではない」ということを伝えました。

ちなみにKさんは、オンライン会議中にチャイムを鳴らしまくったことを自覚して、めちゃめちゃ素直に謝ってくれました。オンライン会議の概念はいまいち伝わってないようだったけれど、取引先との電話中みたいなもんだと言ったら納得してくれました。

ちゃんと理解してほしいと思って言葉を重ねたら、理解してくれた。私はそれがとてもうれしかったんです。

2カ月でぐんぐんと野菜たちは生長して、それぞれ愛らしい花を咲かせ始めました。私が仕事をしている時間帯、Kさんは私の畑を代わりにケアしてくれるようになりました。私を畑にいざなったSさんも協力してくれて、Sさんの息子さんが私の庭の雑草を取りに来てくれたことも。Kさんの農具は私の家の空いたガレージに収納され、「いつでも好きに使って」と言われました。

早めに採れるニラやアスパラ、ニンニクの芽、小松菜などをKさんはたんまり収穫して、だいたい私の手が空く夕方ごろ、1回だけ控えめにチャイムを鳴らして渡しに来てくれます。タイミングも量も予測不可能なその贈り物は、家の献立を大きく変えました。

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漬物やお浸しなどの常備菜を作り置きするようになり、日々野菜を食べるように。家計簿を眺めてみると、食費がずいぶん抑えられていることにも気づきました。

いつの間にか、野菜作りが形ではない実りを私にもたらしてくれている

そう自覚したら、最初の頃の不安はどこへやら、めちゃめちゃにこの生活が楽しく感じられてきたんです。

収穫祭と野菜配り、一つの目標

6月には、野菜作りを前提にしたフレックスタイム制を確立しました。早朝は水やり、午前中までにその日までのタスクや連絡を終え、午後の時間は畑に出て野菜をチェック。日が暮れてから原稿執筆を始めるのです。野菜や天候は私の予定には合わせてくれないから、早めにタスクを回していくことで常に余裕を作っておこうとするように。我ながら良い習慣が生まれました。

「ちょっと日焼けしました?」と、よく打ち合わせをする編集者さんからZoomで訊かれて、「ええ~画面でわかりますか、それ」と、野菜の話をしたことも。言われてみれば、人生で一番日光の下に出ているな、と笑っちゃう。「いいなぁ、豊かな生活っすね……俺も地元帰ろうかなぁ」と編集者さん。まじでおすすめです、と激しくうなずく。

6月半ばには、畑に雨が降り続けました。水やりのタスクがなくなる反面、ちょっと野菜が心配。原稿を書きつつ、雨のしたたる窓を眺める日々。そうしてようやく太陽が戻ってきた頃、Kさんが珍しく昼間にチャイムを鳴らしてきました。

「はじめてできた実はすぐ採ったほうがいいんだ」

Kさんはほがらかな笑顔で1本のきゅうりを渡してくれました。

「元気なきゅうりだよ、よくやったね」

褒められて顔が熱くなりました。きゅうりを手に家に戻って、すぐ水で洗います。そのまま歯を立てたら、パリッと水が弾けて。爽やかな青さが口のなかで広がって、喉がすっと潤っていく。澄んだジュースみたい。きゅうりって、こんなにおいしかった?

私は台所の水場で立ったままきゅうりを頬張って、想いがこみあげて泣いてしまいました。初めてだけど、ちゃんと育ってくれた。Kさんが教えてくれて、協力してくれたから。Sさんが畑に導いてくれたから。私も手を抜かず頑張ったから。実ったんだね。

「こんなに野菜がおいしいの、初めてです。すごくうれしい。ありがとうございます」

私はKさんに深々と頭を下げて、感謝の気持ちを伝えました。Kさんもニッカニカに笑って、「元気に育ったよね、ほんと」と満足げ。

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それからというもの、私は母親や近隣に住む友だちに野菜を配る人になりました。「ピーマン採れたから、食べない?」、「バジルすっごい大きくなっちゃって。まだまだあるからもしよかったら」なんて言いながら。

元気な野菜を見ると、みんな笑顔で受け取ってくれます。お返しにとパンやケーキをくれることもあって、そのたびにおいしいものについて話したりして。あと、自分の作った野菜について褒めてもらえると、自分が褒められたかのようにうれしい。

自分の作った野菜をおいしく食べたくて、ずいぶんとレシピの幅も増えました。前だったら作らなかったものにチャレンジしたり、保存がきく方法でアレンジしたり。

始めるときは思ってもみなかったな。こんなに野菜作りが楽しいなんて。

新鮮なきゅうりをおやつ替わりにパリポリとかじりながら、ふと振り返ります。そして、こんなに心や手をかけて作るものを、ずっと続けてきたSさんやKさんはすごいな、と改めて尊敬する。

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私の家の窓からは、家5軒は建ちそうな面積に広がる畑の緑が今も見えています。そのうちほんの一部分が、私の畑ゾーン。他のエリアは、今、SさんとKさんだけで切り盛りしています。

「昔はね、9人でやっていたんだよ」とSさんは教えてくれました。「でも、全員死んじゃってね、今は私とKさんだけなの」と。

そういえば私が幼いころ、複数人のおじいちゃんとおばあちゃんが笑いながら畑を耕していた。うちの和室の縁側にジャガイモを大量に置いていくOさんや、大きなトマトを連日くれていたTさんの顔が、ふんわりと記憶のなかに溶けていきます。

あの頃だっておじいちゃんとおばあちゃんだったんだから、そうか。そうだよね。

「1年も放置したらまた雑草だらけの空き地になっちゃうから、ちょっと勿体ないけどねぇ」

Sさん、どんな気持ちで言ったんだろう。あんなに小さい頃の私にも野菜をくれていた皆さんが作った畑を、一人死ぬたびに担当面積が広くなっていく畑を、ずっと守ってきたSさんは、どんな気持ちで。

――まだ、若いんだから。

私は日焼けした手に握ったきゅうりをかじって、一つの決意をしたのです。

来年もやろう。再来年も。仕事が忙しいとか、そんなの理由にならないね。私はたくさんの実りを畑からもらったから。

師匠のKさんは最近、繰り返し私に笑いながら言います。「俺の農具、俺が使えなくなったら全部あげるからね。だからガレージに入れておくからね」って。

きっと私は、価値を受け継いだんだ。資本主義社会のなかでは価値として見えてこないけれど、私の人生にはとてつもなく大切なものを。だから、これは私が託された仕事なんだと、改めて思ったわけです。

この仕事を守るために、私は他の仕事も手を抜かないで頑張ろうと、新たに気を引き締めました。これは、私がコロナ禍で偶然巡り合った、私なりのこれからの仕事術です。あなたの身の回りにも、あなたのための“仕事”があるかもしれません。仕事の定義はそれぞれだけれど、自分が選び取った仕事から価値を生み出すのって、めっちゃ幸せです。既成概念に縛られることなく、自分が豊かだと思う仕事に時間を費やして、燃えていたいですね。

そんなことを思いながら、きゅうりをかじる私でした。

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ありがとうございます!お礼に、うちの庭のバラを。
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希望を隠せない短編小説と、しゃべりかけるエッセイが多め。書くテーマによって文章のテイストがカメレオン七変化しますが、中の人は31歳、泣き上戸(単体)でお届けしております。人生悩んでなんぼのもんじゃい。

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日々のあれやこれやをテーマに沿って描いたアソート。

コメント (4)
宿木さん、はじめまして。フォローありがとうございました。
この記事を読んで「noteの記事だって読み物なんだから、ちゃんと書かないとダメだなあ」と痛感したのです。最近はツイッターなどのSNSばかりだったのですが、コロナを機にnoteを書くようになりまして。文章を書くのは嫌いではないのですが、しばらく纏まった文章を書いておらず、どうも言いたいことだけ書き散らかしてしまっていて。宿木さんの文章を読んで「読み手が読みやすく、面白く、言いたいことが伝わる」ように書かないとあかんよなあ、と思い直したのです。
とは言え、宿木さんのnoteはこの記事と自己紹介の二つしか読んでないので(笑)、これからちょくちょく読ませていただこうと思いいます。今後ともよろしく。
コイッチさん
コメントありがとうございます!私の文章でそのように感じていただけたのなら、うれしいです。でも、言いたいことだけ書くこと、決して悪いことではないと思います!私は読み手を考えて書くほうだけれど、それは読んでほしいことがあるから、そうやって書いてるからなので……。
もしこれからも気になるものがあれば、ぜひ読んでいただけるとうれしいです♪私もコイッチさんの投稿楽しみにしています!
宿木さん
この記事読んで、泣いて笑いました!
私も忙しいなか、畑やってますが、
家族は草取り手伝ってくれないし、
畑でグチってることも多々です。

リモート中にKさんのピンポーンのところは、「わかるー」と一人でお腹抱えて笑いました。
食に関わる仕事をしているので、
新鮮な野菜が食卓を賑わせ、Kさんが収穫した野菜を持ってきてくれる場面や、その畑の人間模様を想像したら今度は涙がボロボロ。
忙しい毎日ですが、
私も『畑のごちそう』を大事にしていきたいと思います。
中川さん

読んでくださり、ありがとうございます!同じ境遇ですね……!一人でやってると、草取りは本当にしんどいですよね。田舎あるある話にも笑ってもらえてうれしいです!笑

東京で10年間暮らして忘れかけていたことを、この畑の体験は思い出させてくれた気がします。もちろん生きていくためにお金も稼ぎますが、土からもらった命を食べたり、先人の築いてくれたものを引き継いでいくこともまた、仕事だなーと思う日々です。

とっても近しいところからのコメントいただけて、うれしいです♪これからもよろしくお願いします!!
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