#604 共感されちゃった男
「お疲れ様ですー。」
マツダは少し低めのトーンで従業員控室に入った。
「あ、マツダくん・・。」
店長のヤスハラはマツダの顔を見た瞬間、表情が歪み始めた。
「店長、昨日は急に休んじゃってすみません。金曜日の夜だったのに。」
「大丈夫だよ・・。店の心配はいいからさ・・。そんなことよりマツダくん、大丈夫?」
「え、ああ。」
「ひいおばあちゃんと、ちゃんとお別れできた?」
「はい。」
「よかった・・。辛いよね・・。」
ヤスハラの目からは涙がこぼれ始めた。
「ひいおばあちゃん亡くなって辛いよねぇえ・・。おいくつだったのぉお?」
「え?あ〜・・・97歳でした。」
「97歳かあ・・。じゃあきっとぉ・・いろんな思い出があるはずだよねぇえ・・。辛いよねぇえ・・。」
「店長大丈夫ですか!?」
「うん・・。俺は大丈夫!!!!」
「え、なんで店長そんなに泣いてらっしゃるんですか?」
「そりゃだってさ・・ひいおばあちゃん亡くなったんだよぉぉ?辛くてさぁぁ・・。」
「え、店長ってウチのひいばあちゃんの事知ってましたっけ?」
「知らないよ・・。」
「ですよね?なのに、なんでそんなに・・・」
「人の死って・・辛いじゃんか!!!実際に会ったことはないけども・・一人の一生が・・・終わっちゃったわけだから・・・。」
「あ、感受性がすごいですね。」
「なんで急に死んじゃったんだろうな・・・。なんか俺はさ、勝手にさ、ずっと生きてるもんだと思ってたからさ・・・。未だに受け止めきれないし・・・心にポッカリ穴が空いたみたいになっちゃって・・。」
「え、会ったことないんですよね!?」
「ないよ!!」
「ホントなんでそんな悲しめるんですか!?親族の誰よりも悲しんでますけど!」
「一人の一生が終わっちゃったから!!それに・・会ったことはないけど・・・知り合いの家族な訳だから!俺にとっては、身内が死んだのと一緒なんだよ!!」
「どういう理屈ですか!?」
「ごめんね!!一番辛いのはさぁ・・マツダくんなのにさぁ・・。なんで俺が!!!俺は笑顔でマツダくんの・・・マツダくんの涙を受け止めていけないといけない立場なのに・・・。ホントごめんねぇぇ!!!」
「いや、大丈夫ですから!」
「こんなんじゃ、店長失格だよね?」
「そんなことないです!」
「泣けないよね?俺がこんなんじゃ、マツダくん泣けないよね!?」
「いや、そんな・・僕は泣かないんで・・。」
「そっか・・。でもさ、俺にできることがあったら何か言って?一緒に泣くことしかできないけど・・。俺の前では・・辛い顔見せていいからね・・。」
「いや・・ホントに大丈夫なんで。」
「なんなら今日も休む?もし休んでお金が厳しいってなるなら・・タイムカードは切ってもいいから・・・。全然無理しないでいいよ?どうする?」
「・・・・すみませんでした!!!!」
「・・・・え?」
「僕バイト休むために嘘つきました!!!」
「え?」
「本当はひいおばあちゃん死んでなんかないです!!!友達と朝まで飲んでで、二日酔いで休みたかっただけでした!!!」
「マツダくん・・。」
「なんか俺軽い嘘のせいで、店長の心ぐちゃぐちゃにしちゃってすみません!!!まさかこんなことになるとは思ってなかったから!!!」
「え、マツダくん・・・ひいおばあちゃん死んでないの?」
「はい。」
「・・・・よかったああああ!!!!」
「え?」
「なんだよ!!!勝手に悲しませやがって!!!ひいおばあちゃん死んでないのかよ!!!」
「店長?」
「ひいおばあちゃんが死んでないならなんだっていいよ!!!よかった!!!本当によかったよ!!!ただのズル休みで本当に良かったよ!!!」
「なんていい人なんだ!!!!」
マツダは膝から崩れ落ちた。
「自分の遊びたい欲に負けた上に、こんなに良い人を俺は騙して・・なんてことをしてしまったんだ・・。良心の呵責に耐えられない・・。」
「いいんだよ、いいんだよ!だって、ひいおばあちゃんはまだ生きてるってことだもんね?」
「いや、ひいおばあちゃんはとっくの昔に・・・」
「・・・・え?」
「なんかホントすみません!!!」
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