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#247 1人で解決しちゃう男

テーブルに二人の分のビールがやってくると、マエダが申し訳無さそうに切り出した。

「すみません。わざわざ時間作っていただいて。」

「いいんだよ。ところでなんだよ相談って?」

「実は大学の野球部やめようか悩んでて。」

「嘘だろ?」

僕はマエダの言葉を聞いて、一瞬言葉を失った。彼はまだ3年生だがすでにチームのエースでプロのスカウトも注目している選手だ。

「どうしたんだよ急に。お前プロ目指してたんじゃないのかよ?」

「まあそうなんですけど。他にやりたいこと見つけちゃって。」

「やりたいこと?」

「実は高校時代の友達からロックバンド組まないかって誘われたんです。高校の時、一回文化祭で演奏したことがあって。未だにその時の快感が僕の記憶の片隅にあって。なんかその誘い受けた瞬間、それが蘇ってきちゃったっていうか。」

僕は正直、マエダの考えには反対だった。

別にバンドをやること自体に反対しているわけではない。でもマエダには野球の才能がある。大学卒業までは目一杯野球に打ち込んでからでも、バンドを始めるのは遅くないんじゃないか。僕にはそう思えた。

そんな僕の考えを察したのか、マエダは言葉を続けた。

「もしかして、大学野球やってからでもいいんじゃないか。そう思ってます?まあそれは間違ってないと思います。でも僕は今バンドがやりたいんです。」

「うん、そうか。」

「でも正直野球をすんなり辞めれない自分もいて。僕はチームのエースだし、プロのスカウトの方も見に来てくれてる。次の秋のリーグ戦で、先輩たちと優勝したいっていう思いもあるんです。それに今からバンドやったって成功する保証はどこにもないですもんね。よし、先輩!僕野球続けます!」

「ん?」

マエダは先ほどまでと打って変わって、晴れやかな表情になっていた。

「秋のリーグ戦、絶対優勝しましょうね!」

「え?あ、おう・・。」

「はあ〜、なんだか答えが出たら心のモヤモヤがスッキリしました。相談乗っていただいてありがとうございます。」

「あれ?あ、相談終わり?」

「はい?」

「ん・・・なんでもない。」

マエダは気持ちよさそうにジョッキのビールを飲んだ。

「いやー、やっぱり先輩と飲むビールが一番美味しいですね!」

「あ、ありがとう。

「いやー、でもなぁ。僕実は今もう一つ悩んでることあって。」

「え?あ、そうなの?」

「相談乗ってもらえます?」

「うん、いいよ。」

「僕今付き合ってる彼女がいるんですけど、すごい束縛してくるんですよ。だから別れようかなって思ってて。」

「ああ、そうなんだ。」

「常に僕の事を管理しようとしてきて。ちょっとでもライン返さないと直ぐに電話かかってくるし、実は今もすごい電話かかってきてるんです。」

マエダはそう言って大量の着信履歴が映し出されたスマホ画面を見せてきた。

「うわあ、これはやばいな。」

「でも彼女とは高校からの同級生で。色んな思い出があって嫌いになれないっていうか。」

僕は正直、別れるべきだと思った。確かに長い付き合いで情が湧いてる部分もあるのかも知れない。しかし、今のままだといずれ日常生活にも影響を及ぼしかねない。

僕がその考えを伝えようとした瞬間、マエダは口を開いた。

「でも情に流されてる場合じゃないですよね?このままヘトヘトになるくらいだったら、いっそのこと別れちゃったほうがいいもんな。よし、先輩!僕決めました!彼女と別れます!」

「え?」

マエダはいつの間にか屈託のない笑顔になっていた。

「いやー、先輩!僕晴れてフリーです!なんか心が軽くなったなぁ!」

「あれ、なんかおかしくないか?」

「これも先輩に相談乗ってもらったおかげです!ありがとうございます!」

「これ相談かな?」

「はい?」

「俺今日まだ特に何も言ってないんだけど。いや、なんか多分あんまりよくないぞ?こういうのって。」

「なにがですか?」

「なにがですかじゃなくてさ。さっきからお前1人でべらべら喋って、気づいたら勝手に答え出てんのよ!あのね、俺今日お前から相談があるって言われてきてるのよ!」

「はい。だから先輩に相談してるじゃないですか?」

「これ相談じゃないよ!なんかただの壁当てだよ!ずーっとお前のターンでさ、俺いらないもん!言っとくけど、俺今日お前のために彼女とのデート断ってんのよ!」

「すみません。」

「まあ別にいいけどさ。」

「でもなんかいろんな悩み吹っ飛んで、僕腹減っちゃいました。なんか頼んでいいですか?」

「うん、いいよ。」

マエダはメニューを見ながら腕を組んだ。

「いやー、悩むなぁ。ちょっと相談なんですけど、焼き鳥タレと塩どっちがいいですかね?」

「うーん。」

「正直僕は、塩のほうが好きなんですよ!でもタレの方が店ごとによって違いが出るじゃないですか!ちなみに先輩はタレと塩で言ったらどっち派ですか?」

「あー、俺は・・」

「でも結構その日の気分によって違ったりもするじゃないですか!僕は今日どっちかって言うとタレの気分なんですよね!すみませーん、焼き鳥盛り合わせタレでお願いしまーす!」

「何なんだよお前は!」

「はい?」

「お前ずーっと1人でボール持つじゃん!1人でドリブルして勝手にゴール決めちゃうじゃん!俺がタレ派か塩派なのかを発表する時間はどこにいっちゃったんだよ!」

「あ、すみません。」

「俺結構ワクワクしてたんだぞ?答え言うの!奪うなよ、俺の楽しみを!」

「じゃあちなみに先輩はどっち派なんですか?」

「・・・タレだよ!!!!!」

「へー。」

マエダはなんだか冷めきっていた。

「殺すぞ!!!!!!」

「えぇ!?」

「何だお前マジで!嫌われるぞ?お前そのうち嫌われるぞ?」

その時、焼き鳥盛り合わせが運ばれてきた。

「うわあ、先輩!美味しそうですね!」

「くそう!!お前やっぱり可愛いな!!」

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