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ビジネスクラスの「おいしさ」は、仕事で酸いも甘いも味わってみないと分からない

30歳の誕生日を目前にして、自腹でビジネスクラスに乗って大陸横断をすることになった。


昔、「人生でやりたいことリスト」みたいなのを作って、それは今も部屋のどこかにあると思うのだけれど、そこには「30歳になるまでに、自腹で(特典航空券ではなくて)飛行機のビジネスクラスに乗る」と書いていた気がする。


そして今回、いろんなタイミングが重なって、本当に自腹でビジネスクラスを利用することになった。



今回利用したのは、ルフトハンザの日本行きフライト。確か6年ほど前にいちど、カタール航空の大陸横断フライトでビジネスクラスを利用したことはあるのだけれど(そのときはオーバーブッキングでの振り替え)、今回は正真正銘の、最初からビジネスクラスでの発券である(本当は今回、色々あってチケットを発券し直したので、もともとドイツから日本行きのフライトに乗る予定はなかったのだけれど)。



ミュンヘンの空港を離陸する前にウェルカムドリンクを味わい、離陸から1時間もしないうちにワインがサーブされる。ワインカードには赤、白それぞれ2本ずつチョイスがあり、10時間以上かかるフライトなので、もちろん全てのワインを頂くことも、同じ色での飲み比べだけでもできる、そんな世界だ。


ワインのサーブからまもなく、食事が出される。こちらも事前に、和食か洋食かのリクエストをCAさんが聞いておき、タイミングを見計らって出してくれる。フルフラットのリクライニングが利く座席ではあるが、このときばかりは座席を戻して、姿勢を正して食事を頂いた。


それからしばらくして就寝。僕自身は出発までに色々トラブルがあったので、食事が終わったらすぐにベッドの用意をして床に就いた。


時差の関係で、一気にタイムゾーンをまたいで日本には翌朝の6時半頃に到着。その2時間ほど前から朝食がサーブされるが、こちらもビジネスは座席数が少ないので、エコノミークラスが着陸2時間前から朝食準備が始まったのに対して、ビジネスクラスでは90分ほど前まで消灯が続いていた。


また、朝食もささっと済ませられるので、その後着陸態勢に入るまで、更に45分ほど仮眠が取れる。僕は10時間のフライトの間、寝ていたのは3時間くらいだったけれど、フルフラットで横になれるだけでも疲れ具合が全然違い、到着した日の朝からあまり時差ボケも感じず、長時間フライトから来る体の疲れもほとんどないまま、短い一時帰国の時間を到着初日から目一杯味わうことができた。




さて、今回ビジネスクラスを利用したのは人生で2回目。前回は旅行での往路利用(日本→ドーハ)だったが、今回は海外生活中での、一時帰国での利用である。


僕は自営業をして海外で暮らしているので、たぶん分類は一応「ビジネスパーソン」になると思うのだけれど、手前味噌ながら「ビジネスクラスを考えた人はすごい」という感想を抱いた。


仕事をしている人なら、特に後ろ盾がない状態で、経営や自営業として仕事をしている人なら分かると思うが、仕事をしていると大変なことが沢山ある。あくまで経営・自営業目線で言うと、取引先の開拓、進行中のプロジェクトの進捗や納期管理、売掛金(請求金額)の振り込み、各種買掛金(ネット代など)の支払いなど、胃がキリキリすることなんでザラ。全てのリスクと責任を自分で判断して取ることが求められるビジネスの世界は、まさに修羅の国と形容しても言い過ぎではない。


僕自身は、どちらかと言うと自営業で結果を残せているほうだし、いい思いをさせてもらっている側だとは思っているけれど、それでも海外で暮らしながら、

・日本語だけでなく、英語を使っての交渉や生活

・時差を考慮してのコレポンや、日本のカード会社や銀行への問い合わせ

・同じ街で、他人に自分の悩みを共有できないもどかしさを抱えること(似たような立場の人がいない)

・食文化の違う国で、体に過度の負担を掛けない食生活と生活習慣の管理

など、実際に自営業をして海外で暮らしてみないと分からないような苦悩を抱えているわけで、無意識のうちに様々なストレスを物理的、精神的に受け続けていることも確かである。



そんな殺伐とした毎日の中、飛行機で移動するときだけでも、日常(仕事)を忘れるような空間があれば、どれだけ嬉しいか。どれだけ心の持ちようが異なるか。


飛行機のビジネスクラスは間違いなく、そういうコンセプトが根っこにあって作られているのだと思う。いや、そんなの考えれば分かるだろ、と言われるかもしれないが、僕にとって、ビジネスクラスの入り口というのは「マイレージ修行をしてマイルを貯めて乗る」という、「高嶺の花に手が届かない人が、手段と目的をむりやり倒錯させて利用する」というイメージだったのだ。

「ただただ、高い世界をなんとかして見てみたい」という動機付けで人間が動く世界。一昔前までは冗談抜きでそういうイメージしか持っていなかったので、まさか今回、実際にビジネスクラスを利用してこんな風に感じるとは、自分も思っていなかったのだ。



ビジネスという戦場で、多くの人は今日も様々な戦いを繰り広げていることだろう。そして自分の腕一本で食っている経営者や起業家、自営業であれば、自分(や周り)の取り組みが売上げや利益にダイレクトに反映する。雇われの身もいくぶん同じなのだとは思うが、やはり「自分以外に頼れるものはない」「自分が作りあげた価値やスキームで、何の後ろ盾もなく勝負する」というシビアな世界に身を置いている人は、ビジネスに向き合う姿勢がやはり異なっていると思う。


そんな大変な世界にいる人にとって、長距離移動のフライトの少しの時間だけでも、日常を忘れることができる別世界に浸ることができれば。


粋を集めた最高峰のおもてなしとサービスを提供することで、ビジネスパーソンは最高の状態でまた戦場に立ち向かう。そして、また大きなお金が動いて、今回の僕のように、自腹でビジネスクラスを利用する人だって出てくるだろう。


世界はそんな風に動いている、世界はそんな風に回っている。



別に、マイル修行をしてビジネスクラスに乗るのが悪いことではない。特典航空券を利用してビジネスクラスに乗ることが悪いことではない。


でも、何にも守られていない環境で死線をくぐり抜けて生きながら、なけなしの稼ぎをビジネスクラスに使っていなければ、この10時間のフライトでこんなことを考えることにもならなかっただろう。



ビジネスクラスというのは、飛行機を使う人にとっては一度は利用したい憧れの的だろうし、憧れるだけの価値は十分にあるとも思う。


ただ、粋も甘いも味わったことがないと感じ取れない世界が、必ずあるのだ。


自分だけにしか知り得ない空間が、あの飛行機の中には広がっている。



世界はそんな風に動いている。

世界はそんな風に回っている。



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