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[日記]2021年3月14日(日)

 昨日の土砂降りを空はまだ引き摺ったままかと思えるほどの強風が吹きつけている。空は私の眼からは曖昧に見えており、気怠げな物憂さは未だ頭の中に居座ったままである。

 忘れないうちに昨日の鎌倉支店の様相を思い浮かべる。どの方も長く滞在してくださって、本が様々に手に取られる光景が思い浮かぶ。何気なく手を伸ばす行為に意味を付与することが可能となれば、その後に思うことは何もないのかもしれない。饒舌に或いは雄弁に語るまでもないほどに、全幅の信頼をあの空間に寄せていると思うと、身が引き締まると同時に気怠げな物憂さを感じている時間はないと言わんばかりに、視界が明澄に変容する刹那を視界の端で捉える。

 シャワーを浴びて、喫茶店で集計を進める。明瞭に思い出せる行動を辿りながら、本の動きを追いかける。順調に進み行くままに日記を書き連ねてゆくと、移動している身体の目線と、文字で綴りゆく速度が呼応している様を感じる。見えている光景を辿るように言葉が伸び縮みしてゆく。視線がなぞる光景と言葉で辿る光景には、僅かではあるが時差がある。光景を視界に捉える際にはほぼ反応めいた速度で色彩が構築されてゆくが、言葉ではそうもいかない。身体の内部に置いてある言葉を整列させて、眼前を構築してゆく。今眼前に表出しているのは、言葉と同じ速度で屹立するひとつの街である。

 その後、友人の引越祝いを携えて西荻窪へ向かおうとするが、信号故障の影響により電車が止まっている。ただただ風に吹かれて立ち尽くすだけの術が手の中にないことは自明であるので、一度帰宅し時間が通過するのを待つ。そのうち動き出したような架線の音が聞こえたので、隣の駅まで歩くと幾許かの速度を落として電車が走行している。忙しなく息を付く乗客に反して、風よりも遅い電車が私を運び届けたのは、所定の時間を一時間近くも過ぎた後である。

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