模様替え

 部屋の模様替えをしていた。なぜこの師匠も走るタイミングでと思わなくもなかったが、そこは神の思し召しであるので仕方がない。
 神は十四、五くらいの少女の姿をしている。黒髪ツインテール。白いシャツと赤黒チェック柄のプリーツスカートがくっついた、その筋のひとを殺せそうな形状の服を身に纏い、厚めの毛糸のタイツを履いている。そんな神は今、おこたに下半身を食われながら漫画の新刊を読むというだらけきった状態にある。悲しいかな、神はこたつに堕ちてしまわれた。
 みかんくれ、とのたまうので段ボールからいっこ掴んで放る。神に物を投げるなよ、と小さな唇を尖らせてぶちぶち文句を垂れ賜いながら皮を剥く。昔ドッジボールという名の神々の遊びで標的にされたのがトラウマらしい。汁が飛ぶから漫画はしまっていただけるとありがたき幸せなのだが、無論神にそんな配慮などない。

 無神論者の私の部屋になぜ神がおわすのかというと、私にもさっぱり理由がわからない。部屋でのんびり過ごしていたら突然現れ「私が神だ」と言うから、何の神ですかと尋ねたら、「それはその……いろいろだ、いろいろ」と濁された。さらに「それよりご飯食べたい」とたかられ、私は初対面の神にラーメンをおごった。近所のラーメン屋のカウンター席に並んで座り、いろいろの神ならラーメンくらい出せるんじゃないんですか、と訊ねると、神と超能力者を混同するなとお叱りを食らった。神はいろいろの神であり、神にとってラーメン屋の店主は超能力者である。私は新しい知見を得、ふむと唸ってから替え玉を頼んだ。左隣ではパーカを着た女子がひとり、目をギラギラさせながらラーメンと対峙している。右隣では神がアクロバティックな箸の持ち方で麺を少量摘まみ上げ、ふーふーふーふーと何度も息を吹きかけていた。神は猫舌らしかった。

 十二月も後半に突入したある土曜日、神は御神託を下された。
「模様替えがしたい」
 平日に忙殺されている反動からこたつで腐っていた私は、弱々しく「なにゆえ」と抗議してみたが、神はただ「模様替えをしろ」と繰り返しただけであった。むしろ命じられた。あらかじめ考えていたらしい家具の移動について滔々と述べ、これが配置図だ、とちぎった紙片を渡される。見覚えのある罫線は私の手帳の一ページに違いない。部屋と家具のラインがフリーすぎるハンドで引かれている。予想以上に大がかりだ。やりたくない。だが、これまで神に抵抗を試みた結果、ありとあらゆる手を使って裁かれた苦い経験を思い返し、私は項垂れて御神託に従うこととなった。さらば我が貴重なる休日。
 ベッドの上の漫画や本をおこたの上に一時避難させる。滅多に開けない窓を開くと、真冬の冷たい風が吹きこんだ。神もおこたに退避して早速漫画を読み始めた。窓の外の手摺をいらないシャツで拭く。一面黒くなり、ひっくり返して裏も真っ黒になった。そのあまりの黒さに不安になりつつも布団を掛ける。面倒なので毛布も載せてしまう。布団ばさみなんてないから落ちないよう神に祈っておく。今地球外生命体のヒロインがヒーローのピンチに駆けつけようとしてて忙しいと仰せである。神は漫画に夢中だ。私は呆れながらティッシュの箱をそっと脇に置いておく。
 マットの上のシーツを取って埃を払い、布団カバーと一緒に洗濯機に放り込む。ここでいったん掃除機をかける。吸引力もなければ静音性にも欠ける安物掃除機の排気音の向こうから、鼻をすする音が聞こえる。聞かなかったことにして掃除を続ける。ややあって、えーっ、という非難めいた叫びが部屋に響き渡り、神が漫画片手に飛んできて、あのラストはなんだご都合主義すぎるまさか日和るとは思わなかったいつもの作者じゃないと捲し立てる。目が赤い。私は、はあそうですねと適当に相槌を打ち、掃除機を隅に寄せてマットを持ち上げる。けっこう重い。立てれば部屋にスリムサイズのぬりかべが出現。すると漫画への不満もどこへやら、神はうおーっと歓声を上げた。単純な神め。
 ぬりかべをサンドバッグ代わりに殴っている神の横で、ベッドの土台を移動させる。これは明日腰が駄目になるパターンだ。配置図通りベッドを九十度回転させて寄せる。ぬりかべ虐待を続けようとする神を宥めてマットを戻す。改めて見ると、なるほど確かに少し広くなったような気もしなくもない。ちょうど洗濯機が止まったのでシーツを干す。今日中に乾くといいのだが。
 一息ついて伸びをする。腰がぴきりと痛んだ。今日はこれくらいで勘弁してくれませんか、と視線をやると、神はベッドの上でうつ伏せになって居眠りをしていた。仕方ないので毛布を申し訳程度に手で叩き、取りこんで神にかけておく。神でも風邪引いたりするんですか、と問うと、むにゃむにゃと返事が返ってきた。
 それにしても今日はよく晴れている。日向にいれば寒さも大分ましだ。陽射しは窓からベッドの上まで伸び、ツインテールの片方をきらきらと光らせていた。なるほどそういうことなのかもしれない、と思ったが、何がなるほどなのか自分でもよくわからなかった。とりあえず神が目を覚ましたらラーメンでも食べに行こう。

#短編 #ラーメン #冬

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