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死体と操縦 4

4.再会


 不意にからだが何かに捕まった。追っ手かと思いきやそうではない。右手でできた尾鰭を、死んだ彼の右手が握り締めていた。掌が温かい、と感じる、それは本当に温度?
「危なかったな。ついさっき同期が終わった」
 影のように黒い顔で、唯一見える唇の両端が持ち上がる。笑っているらしい。
 振り返ると、波のなかに雑音混じりの小さな画面が揺らいでいた。画面から青い線が一本ぎざぎざと折れ曲がりながら飛び出して、私の手でできた尾鰭、そのひとさし指に繋がっている。画面内には独房のような部屋が斜め上から映され、隅の方、端末の前で自失している私が見える。そこに黒前掛け二体が押し入った。羽交い締めにされる私の機体を眺めながら、この四隅の歪み方は監視用眼球の視界だなと思った。いつから設置されていたんだろう。
 真っ黒な彼は、左手に持った光る鋏で私のひとさし指から伸びる緒を切った。飛び散る血液。ほぎゃああああ、と私の口から反射的に叫び声が溢れ出す。暴れる私に彼が手を離す。からだが折れ曲がり、痙攣が止まらない。痛み。寒気。それぞれの部品がばらばらに分解してしまうような、強い不安と喪失感。
「戻るかい?」
 私は叫びながら首を振る。海をひと掻きする、その冷たさ、沁みる、刺さるような波、すべてが苦しく、それでも進みたい。進むことを望んでいるのに無意識がそれを許さない、そしてそれを伝える術もない。
「無意識というより本能」と彼が言う。「大昔から引き継がれた基本機能だ」
 私の思考が読まれている? 彼が指さす先、私の背後には、文字の羅列がのたくっている。
「おしゃべりな尻尾だね」
 彼の言う通り、尾鰭となった右手はひとさし指の先についた血で、ひたすらに文字を書き出している。私の思考を「私の思考を」、余すところなく「余すところなく」。魚の私はそれを推進力として泳いでいる。そうして書き出す度に、少しずつ周囲の温度に慣れ、痛みが和らいでいく。
「もうそんな継ぎ接ぎじゃなくてもいいだろ。君はからだから解放されている」
 背後の画面には、連れ去られる私の脱殻が映っていた。きっと彼と同じように、工場の運搬帯に載せられて解体されるのだろう。
 どうやったらもとの姿に戻るのか。今の私にない部品が手に入るのか。さっぱりわからない。とにかく今は泳ぎ続けるしかない。
 それにあなただって元の機体とは似ても似つかない姿をしているじゃない。なんていうか、柔らかそうな。私は彼の周りでぐるぐる螺旋を描きながらそう書いた。どうしたらそんなふうになれるの。
「まあ、すぐにできるようになるよ」
 君の頬に触れるのは、そのときまでとっておくことにする。一瞬そんな呟きが聞こえた気がしたけれど、彼はすました顔で黙っている。
 さあ行こう、と真っ暗闇を指さして微笑む。先は見たことのない地の底のように暗い。それでも私は右手を震わせて泳いでいく。
 そういえば。私に壊されたとき、痛くなかった?
「ああ。あれは強烈な快感だったよ」
 あなたやっぱりどこかおかしいよ。

(続く)

#小説 #連載 #SF #機械化都市 #死体と操縦

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