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流町へようこそ Welcome to FlowTown

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点滅する赤信号の下、標識には青い文字で「流町」と書かれている。
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流町シリーズですが 今あるストックがなくなりましたのでこれで一段落となります また気が向いたらふらっと迷いこんできたいと思います ではでは

流町へようこそ? 本編

実行:

・朝は目覚ましより早く起き、鳴った瞬間に止める。

 シイナはシイナのことをシイナと呼ぶ。それはシイナが子どもじみているからではなく、単に自称語を使用しないと決めているからだ。

・ベッドは左足から降りる。

 欲求に抗うことは簡単だが、習慣に抗うことはできない。例えばシイナは大抵のことを左から始める。

・窓を開けて外の光を浴びる。

 外はよく晴れて、怠け者の太陽が眠そうに光ってい

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流町へようこそ? 前書き

マイルール:

・朝は目覚ましより早く起き、鳴った瞬間に止める。
・ベッドは左足から降りる。
・窓を開けて外の光を浴びる。
・破壊力の高い曲をかける。
・朝食はトーストとコーヒー。
・お天気おねえさんの服装をチェックする。
・洗濯はこだわりのコースがある。
・洗剤と柔軟剤は規定量より少なめにする。
・歯を磨き、髭を剃り、髪を整える、必ずこの順番に行う。
・歯を磨いたら三十分は飲食をしない。
・水筒

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流町へようこそ!! 6

 数ヵ月後、私は仕事を辞めた。
 応接室のソファに座って、セクハラとかマタハラとか何それみたいなうちの古い体制について、人事のひとがぼやくのを聞く。本来なら休みがちゃんととれて復帰できるようにしなきゃいけないのに、本当に申し訳ないです。いえ、入社した時から続けられないって聞いてたので。早く帰りたいなあと思いながら、鍛えた笑顔でやり過ごす。
 業務終了間際、臨時の終礼で当たり障りのない挨拶をする。営

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流町へようこそ!! 5

 ここまでは、私が知るはずのない物語だ。

*

「で、」とアイちゃんは言う。夕焼け色に沈んだ流町の真ん中、赤い点滅信号の下で。

「名前は、何ていうんだ?」

 息を飲む。町が大きな両手を伸ばして、左右の親指と人差し指で、私の頭を摘まんでいる。びりびりとやぶって、真っ二つにしてしまうために。それは私が望んだことだ。今も私の一つの面である、モモイが。
 モモイ、と名乗る声が聞こえた。やぶれて半分に

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流町へようこそ!! 4

「それで? エムさん、貸してくれなかったんですか」
 アイちゃんと私は雑居ビルの一階にあるバーに来ていた。こちらにいたっては、席は五つしかない。私の顔を見た店主の第一声は、狭いでしょう、だった。この町で酒をたしなむ人はそんなに多くないんですよ、そもそも人がいませんからねえ。朗らかに笑うのは、ぴんと背筋の伸びた初老のバーテンダーだ。彼は灰色の口髭を触りながら、「アカガワです。皆さんには、アール、と呼

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流町へようこそ!! 3

「モモイ……モモイかあ! なんて呼ぼうかな……ピーか、モモ」
「ピーはやめて」いくらなんでもそんな、伏せ字みたいなのは。
「じゃ、モモ」
 アイちゃんに呼ばれて、私はくすぐったいような、不思議と嬉しい気持ちになった。そのテンションに応えるように、町中の建物、家々や、電信柱、赤信号までもが、いっせいに声を揃えて叫んだ。

「流町へようこそ!!」

 押し寄せる波に、私は楽しくなって笑いだしてしまう。

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流町へようこそ!! 2

 夫は、自分の身にこれから起こる出来事を察知して、それに備えることができる。初めて聞いたときは、超能力じゃん、なんてはしゃいでしまったけれど、残念なことに本人は未来について知ることができない。予知ではなく予言もできない、ただ動かされる、言わば予動。夫の能力は、未来予動だ。
 その能力はしばしば隣にいる私を巻きこむ。まだつき合っていたころは、ラッキーだなとか、用意がいいなとか、そんなふうにしか感じな

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流町へようこそ!! 1

 二つの顔を持つ女。
 地下鉄の中吊りに、最近話題の本のキャッチコピーが揺れている。
 実際、私たちの顔は二つどころじゃすまないだろう。居場所の分だけ、関係の数だけ顔がある。昔の粗いポリゴンみたいにでこぼこした多面体。そうじゃないといろいろやっていけない。
「モモイさん」
 はい、と返事をして、営業のカトウくんから見積とツール送信の依頼を受ける。彼が最近頑張っていて、売り上げを好調に伸ばしているお

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流町へようこそ 5

 ギンって、猫のことだよな。
 ひとり取り残され、他にあてもないので仕方なく猫を探し始める。確かさっき、あの家のあたりで消えたはずだ。私は猫が入っていった塀の隙間に近づき、覗きこむ。真っ暗で奥が見えない。どこに繋がっているんだろうか。アイと話している間に遠くに行っていなければいいが。
 ずん、と地面が揺れる。地震か? と思ったらもう一回、ずーん、とさっきよりも強い揺れが来た。体勢を低く、這いつくば

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流町へようこそ 4

「名前、なに?」
 ひひひ、と笑って、アイが尋ねた。
 町は静まり返っている。まるで聞き耳を立てるように。じわじわと追い詰められているような錯覚を覚えながら、私は名乗った。
「ええと、

 スズキですけど」
 
「なんだー、スズキかよー!」静寂を破ってアイが叫んだ。「ハズレじゃーん! なんだよー、もうー」
 顔をしかめ、心底つまらなさそうに言う。さすがにこれにはカチンときた。知らず知らず溜めこんで

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流町にようこそ 3

 やがて、からんからん、と小さな音が闇の向こうから転がってきた。からんからん、きいきい、かしゃんかしゃん、きいきい。一定のリズムを刻んで近づいてくる。影から這い出るように、一台の自転車が現れる。危なっかしく左右にふらつきながら私の前まで来ると、ブレーキがけたたましい叫び声をあげて停止した。
 自転車に乗っていたのは背の高い若者だった。裾のほつれたジーンズと、ニンジン色の長袖シャツを着て、手足が折れ

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流町へようこそ 2

 数日後、仕事帰りに道に迷った。
 会社から駅に向かう途中で気まぐれを起こし、いつもは曲がらない角で曲がった。閉まっている駄菓子屋、紙パックの並ぶ古い自販機、鉄棒しかない狭い公園。こんな道があったんだな、などと思いながら歩くのは楽しい。
 切れかけた街灯の光がかちかちはぜている。その下の道路は車道と歩道に分かれているが、走る車もなければ歩行者もなかった。犬の吠える声、救急車のサイレン。かたたん、か

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おっさんの話が書きたくなったのです 短いのが書きたいなあと思うと長くなるのはなぜなのでしょう 次回の『流町へようこそ』は「おっさん 迷子になる」「おっさん 猫に会う」「おっさんの運命やいかに」の三本です じゃん・けん・ぽん! うふふふふー