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絡まるフォーク 切り刻んでナイフ

「いまヒマ?ごはんいこうよ」と、何の脈略もなくラインをする。懐のあたりで突然生じたヒマを誰かに押し付けようとして、その厄介を強いる相手にわたしは、迷いなくマイを選んだ。

二人ともに、思い立ったら連絡する癖があって、今日も、どちらからともなく、なんとなくの流れで一緒に食事をしようという事になるのだろうと予感していた。うまく、会うように事が運ばれるはずだ。いつものように。週に一度は必ず連絡しようだとか、会うだとか、とくに決まったペースはない。気が向いたら会って、気が向かなかったら会わない、と心のどこかで決めていた。

だからわたしたちは、お互いに、超がつくほどのマイペースさと都合の良さをこれでもか、とばかりに押し付け合っている。それでも、ひどくその事を不快に感じたりする瞬間は殆どないし、連絡がない事で不安に襲われる事もなく、かといって音信不通程度で関係が途切れてしまう気配は一切なかった。わたしたちだからこそ築けた関係なのかもしれない。マメな連絡を必要とする関係ではないから、こうして今まで何とか問題なく続いているのだろう。

マイにもわたしにも、少なくとも、良い関係を持続しようというプラスな要素を含む意志は一切なく、偶然が引き寄せる寂しさだけで関係を成立させていた。

 わたしが喫煙所でタバコをふかしていると、持っていたスマホが僅かに振動して、「ついた」と書かれたメッセージのポップアップが表示された。ラインのトーク画面には、絵文字やスタンプなどは一切ない。片手で手早く「りょ」と打って返信する。うわ、送ったと同時に一瞬で既読がついた。返事を確認してからわたしは、あたりをぐるりと見回した。マイが着ていそうなフリフリの服を身に纏った人たちを凝視して、記憶の中の彼女と照らし合わせながら探す。

夏のセンター街の雑踏に入っていき、わたしはようやく、人ごみの中にマイの姿を見つけると、声をかけるより先に彼女の服の裾を掴んだ。何か気の利いた事を言う元気すら奪うほどの暑さで、つかんだ服の裾が汗で湿り気を帯びていた。わたしがマイに微笑みを作らせる。マイがわたしに上辺を取り繕わせる。会ってそうそう「久しぶり」、より先に、「暑いね」と互いに不満を漏らした。

「今日もパスタにしようか」と、わたしが言ってもマイは文句ひとつ漏らさない。こんな炎天下の中でパスタを食べたい人間なんてどうかしていると思う。少なくとも、わたしは絶対にいやだね。暑い日にカレーやラーメンが食べたい、ならまだ理解できるけど。

マイは、冷やし中華がいいとかうどんがいいとか一瞬たりともほかのランチメニューを頭に浮かべた様子はなく、「うん、あたしもパスタ食べたかった」と、上っ面な返事を返す。これもまたいつもと同じようなやり取りだった。

二人がパスタを食べるのは毎回の事だけれど、別にわたしもマイもパスタが特に好きな料理というわけじゃない。

じゃあなんで、前もって調べたりするとか、相手が食べたいものを聞くとか、そういうやり取りをしないのかというと、その程度の関係だから、に尽きる。

相手の食べたいものや、自信を持ってお勧めしたい店に連れていくわけでもなく、渋谷で安い事で有名なカフェに足を運んで、あんまり美味しくもない料理を食べながら時間を、あたりが暗くなる頃まで過ごす。ただ、お互いの空白の時間を、潰すためだけにお互いが存在していた。

だから、言ってしまえば、二人の目的は、ただのヒマつぶしになる。人といれば自分を強く意識する事なく過ごせる。一秒でも自分について考えたくないとき、他人の存在はもっとも効果的な手段の一つとして有効だった。大学の授業の事とか、就活の事とか、余計な事を考えない表面的な会話さえできればよかったので、そこはうまく考えが合致して、いつものごとく同じカフェで650円のパスタを食べる事に文句ひとつ漏らす事はなかった。

 幸い店の中はガンガン冷房がかかっていて、店内に足を踏み入れた瞬間、外の暑さの事なんか一瞬で忘れられた。店にいる、やる気のなさそうな、顔に早く退勤したいって書いてある店員が、いかにも怠そうに顎先をくいっと上げて、そこの席を使って、と合図した。隣のテーブルには、下げられていない食器と、吸殻がこんもりとした灰皿がそのまま放置されていた。

席について、先程の態度の悪い店員に渡されたメニューをひろげる。ランチタイム以外の食事欄(だいたい量が少ないか、1000円以上の価格設定がされているもの)には目もくれずに、即座に一番安いごはん時だけのトマトパスタを二つ注文した。注文を取りに来た店員がメニューと引き換えにお冷をテーブルに置くと、暑さのせいなのだろうか、すぐにグラスが結露でビショビショになり、テーブルを不快に濡らした。マイは、やれやれ、とばかりに重い腰を上げて、ご自由にお取りくださいと書いてあるスペースに乱雑に置いてあるお手拭きを、自分の分だけ取って、グラスをひと拭きしてからその下に敷いた。

わたしも自分のグラスがびしょ濡れになる頃に席を立って、お手拭きを取りに行った。10分ほどスマホを弄ったり、ツイッターを見たりして、無言のやりとりをしたあとに、会話を整えるための時間を過ごしてから、わたしのほうから切り出した。

 「マイは、最近どうなの?」

 「どうって何が?」

 「彼氏とかと」

 「うーん、別れちゃった」

 マイがはにかむ。ああ、またその笑顔か。どうせ別れるときも同じ表情をしていたのだろうなあ。

 「わたしも」

 だからわたしも真似して同じ顔をしてやった。

 二人は顔を見合わせる。同時に、「だよねー」と声を掛け合い、納得と安堵を共有すると、ごくり、と飲み込んだお冷に僅かな温かみさえ感じてしまった。付け加えるようにして言っておくが、わたしたちの唯一の共通点は、メンヘラである事くらいかもしれない。

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