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おっちゃん。

「おーごはん食べたんか?」

夜ご飯の心配をしてくれているのは
7~8年来ずっと500円で日替わり定食を
提供してくれている "おっちゃん" だ。

おっちゃんの本名は知らない。
しかし身内以上にわたしのプライベートを
網羅しているお方だ。

23:50自宅近くの最寄り駅へ着いた。
仕事が長引いてしまい、
夜ご飯もまだだった。

気の効いた24時間営業のレストランや
牛丼が食べれるお店もなく
終電近くになるとコンビニか居酒屋を
利用する他なかった。

その日はお酒の気分ではなくどうしようか
考えながら駐輪場へと向かっていた。

駐輪場までは駅下で営んでいる居酒屋が数件
立ち並んでおり、だいたいがプレハブに
木製のドアがついているような
一見さんにはとてもハードルの高いお店ばかり
だった為、意識することなく
往復していた。

ただ一軒だけ駐輪場と隣接したお店だけ
透明の引き戸になった
カウンター8席ほどの小さなお店があった。
そのお店も常連さんが通うようなイメージが
無意識に選択肢から外していたのだ。

ただ今日はいつもと事情が違ったので
看板や中を長めに物色してみた。
看板には「幸せうどん 210円」 と
消えかけた字で書かれていた。

「210円?!」

魅力的な金額とまだ暖簾が掛かっていたし
お客さんの姿はなかったので
覗いてみることにした。

「まだいけますか?」

「あー…簡単なやつならいけるよ!」

面倒臭そうな素振りを見せることなく
手際よくおしぼりとお水がでてきた。

看板の通り麺類がメインのようで
壁にかかったメニューにはそばとうどんの
メニューがずらっと並んでいた。

立ち食いそばのようなお店かな?と
思いつつも肉ソバを注文した。

「あいよー。」 

程なくして熱々の湯気を携えて
出汁の香りを纏い登場した。
肉は甘辛く煮込まれたスジ肉だった。
甘辛さが出汁となんともよい相性で
ペロッと平らげその日はすぐさま
会計をして帰宅した。

その後も帰りが遅いときは立ち寄った。
そのうちに週に何度も通うようになり、
どうやら居酒屋がメインということが
わかった。和食のお店で修業した
腕は見事なもので寿司もでたし
河豚もでた。なかでも鯛の昆布締めは
絶品だった。

メニューにないものの方が多かった。
季節によってはグラタンもでたし
ハンバーグもでてきた。
リクエストすればなんでも作ってくれる
そうで全部美味しかった。

しかしひとつだけ欠点があった。
冗談がとんでもなく面白くなかった。
常連さんを前にしてもスベる。
愛想笑いすら生まれない始末だ。

そうしているうちに
夜遅くにしか訪れなかったわたしを
不憫に思ったらしく
「なんでも良いなら日替わりでだしたろか?」

という提案だった。
非常にありがたい申し出であったため
それから毎日、時間があえば訪れた。

それからは一人で訪れる方が多かったが
当時付き合っていた彼女ともいったし
別れた当日も食べていた。
そのあとも付き合っていた女性を
連れていくという流れが続き
わたしの特に女性関係は筒抜けだった。

やはり時間の流れは生活を大きく一変させる。
わたしはその後、市内へと移り住み
疎遠になった。
一度だけ結婚が決まってから報告するために
訪れたことがあった。

昔のように変わらず迎え入れてくれたのだ。
嬉しかった。そこで初めて
SNSと電話番号を交換することになり
はじめて "おっちゃん" の本名を知った。

つぎは親子で訪れ、こどもを
抱っこしてもらいたい。
"おっちゃん" はわたしの
第2の父なのだから。

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