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掛け軸の鬼

生駒さんはかつて、鬼の描かれた掛け軸を所有していた。

かつて、である。
それは所謂“曰く付き”と言われる掛け軸で、インターネットオークションで面白半分に落札したものだ。

生駒さん本人はそういった曰く付きや心霊現象を一切信じていないばかりか心の中では小馬鹿にしていたのだという。
自分の身に起こった事がないから、真意の程は定かではない。もし自分の身に一つでも不思議な事があれば信じてもいいのだが……という気持ちで、とある時、若気の至りでその曰く付きの掛け軸を落札した。

“見てはならない鬼の掛け軸”

として出品されていたそれであるが、紹介ページには掛け軸の裏側が写真に撮られた1枚しか参考になる写真がない。
他に興味を惹かれたオークション参加者が「絵の部分の写真はありませんか?」という質問をしたようだが「見てはならない掛け軸なので、写真はお出しできません。落札してからもご確認いただくのはご遠慮しております」の一点張りだった。

(本気で売りたいんなら、写真の一枚でも出してしまえばいいのに)

そう思った生駒さんであったが、その掛け軸に興味が無いと言えば全くの嘘である。
徹底した“見てはならない”に心底興味を唆られてしまい、結局オークション最終日にページに張り付いて落札を試みた。

こんな曰く付きの掛け軸、他に買いたい奴などいないだろうと思っていた生駒さんであったが何人かの物好きが同じように掛け軸を狙っていたらしく、オークション終了30分前から価格が少しずつ釣り上がっていく。

生駒さんはオークションページに釘付けになり、ラストの1分で現在の価格に五千円を上乗せする事で無事に落札する事が叶った。

「やった!」

と思わずガッツポーズをした。
購入後の取引ページが現れたので、すぐに購入した旨と挨拶や発送についてのコメントを書き込んだ。

すぐに出品者からの返答があり、明日にでも発送するので3日以内に届くという旨が伝えられた。

厭にはやいな、と思ったが手元にはやく届く分には有難いことに変わりはない。
到着を楽しみにしていますと返し締め括ろうと思った時、出品者から重ねてのコメントがはいった。

「一応、再度こちらにも忠告を重ねさせて頂きます。
こちらの掛け軸は本来、飾ったり、人が目で見て楽しむ要素は持っておりません。
手元に届きましたら、必ず厳重に保管し誰の目にも触れないよう管理してくださる事をお約束ください」

生駒さんはこのコメントを読んだ時(それはないだろう)と鼻で笑った。
が、ここまで念を押してくるのならばきっと何かあるかもしれない、面白いじゃないかと期待が高まるのを感じたという。
コメントには「かしこまりました。必ず厳重に保管いたします」と丁寧な返事をしておいた。向こうからは「ありがとうございます。必ずそうしてください」と最後の念押しがあり、次の日には発送通知がメールに届いた。

数日後、生駒さんの元に恙無くその掛け軸はやってきた。

普通に郵便として届けられたその掛け軸は、雑に段ボールでぐるぐる、さらにガムテープでぐるぐる、と巻かれている。

手渡しされた時、ずしりと手の中に重みが伝わった。
しっとりと手のひらに吸い付くような感触。
なんだか、思っていた数倍禍々しい気を放っているような気がした。

(これは期待できそうだな)

そう思った生駒さんはその掛け軸を部屋に持ち込みすぐに開けてみることにした。

出品者からは“見るな”と何度も釘を刺されていたが、もうこれは自分が金を支払って購入したものなのだからどうしたって自分の勝手だ。

そういう気持ちで、ぐるぐるに巻かれたガムテープを引き剥がして掛け軸をべろんと机の上に広げてみる。

鬼の掛け軸、という出品名の通りそこには見事な赤鬼が描かれていた。
片手には大きな鉈のような刀のようなものを持ち、勇ましくこちらに立ち向かってこようとしているといった雰囲気の絵である。

怖い絵、というよりかは勇ましく猛々しい、何とも縁起のようさそうな絵だったので生駒さんは落胆してしまった。

「なんだ、ただの掛け軸かよ……」

ぼそりと呟いた。
受け取った時の禍々しさはどこへやら、机の上に広げられた掛け軸は鬼が描かれているただの絵でしかなく奇妙な雰囲気も感じ取れない。

生駒さんは急に興味を失って、その掛け軸を雑にぐるぐると巻き直して梱包に使われていた段ボールでふたたびくるりと巻いて放り出した。

それから拍子抜けしてしまった気晴らしに買い物にでも出かける事にした。
クローゼットを開けてどの上着を羽織ろうかと思案している最中、ふと先程の赤鬼が瞼の裏……視界に張り付くようににふと現れた。

長時間同じ絵を見続けてからパッと視線を移すとその絵が視界に残り続ける現象がある。捕食残像、と呼ばれる現象だが、それと同じ形で視界の中にあの赤鬼が張り付き残っている。

初めて本物の掛け軸などの格式高い絵を目にしたからだろうか、思っていたよりもはるかに興奮していたのだろうか……と考えながら生駒さんは身支度を整えて家を出た。

これ以降、生駒さんの視界にはふと赤鬼が現れるようになった。
スーパーで品物を選んでいる最中、料理をしようと冷蔵庫を開けようとした瞬間、テレビをつけようとした時、さまざまな時にその赤鬼の絵が視界に焼き付くように現れる。

極め付けは、眠りにつこうと瞼を閉じるとずっと脳裏にあの赤鬼が浮かび続けるそうだ。

この掛け軸が一体何なのかを出品者に確認しようとオークションページを開こうとしたところ、すでに出品者はオークションサイトの利用をやめておりオークションのページそのものも消されていた。

生駒さんは暫くの後その掛け軸を手放した。
売ったりしたわけではない。
「絶対に見ずに燃やしてください」の張り紙をして近くの寺の敷地に置き去りにしたのだという。

掛け軸を手放してからも、赤鬼は視界に張り付き続けている。
じわじわと現れる頻度が上がってきたらしく、今はもうずっと赤鬼が見えているのだ、と。

「これ、どうしたらいいんでしょう……」

最近はその視界に張り付いた鬼が唸り声をあげているのが聞こえるのだと生駒さんは溜息をついた。

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