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粗挽きコーヒー

「一緒に登りませんか?」


こうして大学生2人とアラサー1人というよくわからないパーティが完成した。午前0時を過ぎた奥多摩駅での出来事だ。

初日の出を山頂から見たい。多少登山経験がある人ならば、大晦日にこんなことを考えるのは自然なことではないだろうか。

例にもれず自分も、山頂から見る日の出に興味があったこともあり、その年の12月31日は山奥を目指して電車に乗っていた。


終点の奥多摩駅に到着したのは午前0時過ぎ。

計画をしていたときは、初めてのナイトハイク(夜の登山)にワクワクしていたが、いざ登山道入り口につくとあまりの暗さに足がすくむ。
極めつけは「クマ出没注意」の看板である。

普段から体を鍛えていることもあり、ツキノワグマくらいなら退けられる、などという謎の自信があったが、先も見えない暗闇の中で冷静に対処できる自信はまったくない。

・・・・・・・

登るのは日が昇ってからにしよう…

幸いにも防寒着を着込んでいたため駅舎のそばで一晩眠るくらいならできるだろう。そう考えて引き返すことにした。

0時30分を回っていただろうか、さっきは自分以外誰もいなかった駅前に2人の人影があった。

格好からすぐに自分と同じように登山に来たのだと分かった。向こうもこちらに気づいて、何か察したようだ。

「熊、出るらしいですよ」

開口一番、こんなセリフを言ってしまった。いきなり怖がらせてどうする。

やはり2人とも自分と同じ目的でこんな山奥までやってきたようだ。聞けば、登山の経験もない状態で挑もうとしていて、自分と同じように闇の深さに怖気づいていたところだったようだ。

自分より怖がっている人を見ると冷静になれる、という話を聞いたことがあるが、なるほど、若者2人の不安そうな顔を見ているとふっと肩の力が抜けるのを感じた。

かくして、珍道中がはじまった。

・・・・・・・

いざ登り始めてみると、大学生の体力についていくのは相当にきつい。しかも2人とも運動部だというのでなおさらだ。

ぜーぜー言いながらもなんとか話をしながら登る。

ついていくために必死に登りながらも頭はどこか冷めきっていた。というのも、出会ったばかりの人に命を預けているという状況のせいだろう。

登山には多少なりとも命の危険が伴う。それゆえに一緒に登るメンバーは運命共同体となる。彼らに何かあれば助けるし、おそらく彼らも僕に何かあれば助けてくれるだろう。

僕は生まれてこのかた、人を信じることができない。物心ついたときからずっと、周りに常に自分を攻撃する他人がいたからだ。

そんな、誰も信じることができな人間が、いまはすごく年下の青年たちに命を預けているのだから面白いものだ。

・・・・・・・

山頂についたのは、日の出の1時間以上前だった。まだかなり寒い。持ってきていたコーヒーセットで、温かいコーヒーを淹れて暖をとることにした。

粗挽きコーヒーの味は、スッキリしていて朝に飲むには最適だと、個人的にはそう思っている。

山頂についた頃には、大学生たちとも随分と打ち解けていた。無事に登りきった感動をお互いに分かち合いながらひとつのカップでコーヒーを回し飲む。

いろいろと話を聞くなかで、彼らがとても優秀で、将来有望であることもうかがい知ることができた。

この登山を成し遂げたように、彼らはこの先の人生の山場も乗り越えていけるのだろう。

迎えた朝日は、山々を赤く染め上げて、とても優しい色をしていた。

若者たちの未来を明るく照らしているような、そんな色。

眩しすぎて、目がくらんでしまいそうだった。

彼らの将来に幸あれ。

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