自分の肩書きを_作って_名乗る

自分の肩書きを、作って、名乗る

私はアイデアルデザイナーです🙋‍♂️(今日から名乗ります)

与えられた肩書きではなく、自分で作った肩書きを名乗ると「自分が何者で、どう在りたいか」を強く意識出来るのではないでしょうか。

なおこの記事でいう肩書きとは“役割を表すラベル”であり、笠に着るものではありません。

顕在化している肩書きの働き

名刺交換の直後は「へ〜っ、リーダーというと、何人のメンバーを率いているんですか?」のような会話は多いと思います。少なくとも自分は会社か業務内容、そして肩書きのどれかについてよく聞かれます。

肩書きは相手を推し量るのに有用ですが、大抵自分では選べません。選べないこと自体は(会社の仕組み的に)妥当だと思います。ただし自分を“余すことなく”表現出来てはいない、と思い至りました。

「私は日々◯◯を考えていて、どうやって向き合っていて、××のように在りたい。」の文脈を内包できるポテンシャルが肩書きにはあるはずです。

潜在的な肩書きの働き

一言にまとめるなら「まだ世の中に存在しない(あるいは認知されていない)営みを可視化する」でしょうか。

有名かと思いますがTakramの田川さんがデザインエンジニアと名乗り出した当時、世間にそんな肩書きは存在しなかったそうです。ところが今は割と当たり前に使わています。

田川さんの動き方が世界で初めてのものだったわけではなく、「ああそれ!デザインエンジニアって言うんだ!まさに求めてた動きだ!」とみんなが「気づいた」のでしょう。

名前が先にあって、人間が後から認知する。上記のような事例を見てからは肩書きを「与えられる」のではなく「自分で作る」のも価値がありそうだと思えました。

自分の内側に目を向ける

幸いにも(?)自分は“どうやって死にたいか”のビジョンが割と明確で、かつ丸5年ブレずに生きています。

1年以上昔の記事ですが、以下のような考えで毎日を生きています。

大筋は変わらないのですが、ふとイデアのスペルがアイデアと変わらない理由が気になり調べてみました。

ネットに書いてある限りでは以下のような流れで“アイデア”の語が生まれたようです。(言葉の歴史については完全に初心者のため間違っていたら教えて頂けるとありがたいです🙇‍♂️)

“イデア”の語も古代ギリシア哲学で取り上げられるまでは“目に見える物事の姿形”の意味でしかなかった

ソクラテスやプラトンらによって“善”や“美”の普遍的な意味として捉え直されていった

アイデアの語源はイデアながらも、哲学的な意味と元々の“目に見える物事の姿形”の意味の両方を継承して今の“アイデア”の意味が定着していった

なるほど難しい。

しかしとにかく、イデアという語を自分は“理想”の意味で使っていても、相手には“心に浮かんだ概念”の意味で伝わってしまうことも有り得るようです。

これは理想的なコミュニケーションではありません。より伝わりやすくするために他の語を調べていたところ、“アイデアル”は“理想”を表す名詞でもあることが分かりました。

勝手に形容詞の“理想的な”の意味だけだと思い込んでいました。そしてアイデアルも語源はイデア。実にしっくりきました。

自分の肩書きを、作って、名乗る

そもそも自分はデザイナーで間違いないのか。何かを作るからクリエイターなのかな、世の中に貢献するからコントリビューターかも、と悩みました。悩みましたが、最終的にはやはりデザイナーに落ち着きました。

デザインの語源はデジネーレ(designare)で、「伝えることを記号を用いて表す」意味です。“理想そのもの”を“世の中に顕現させる人”と考えたときに、これを目指して生きたいですし、達成して死にたいと思えました。

そして冒頭の通り、これから自分はアイデアルデザイナーと名乗ります。



最後まで読んでいただいてありがとうございます!