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明るいX線連星が照らす地球型惑星の種

宇宙のレシピと地球のレシピ

 酸素や鉄、ケイ素といった、私たちの生命と文明を支える重元素は、この宇宙に初めから存在したわけではなく、星の進化や超新星爆発に伴う核融合反応を通して徐々にその数を増やしてきました。その詳細については、これまでの記事(参考記事1)でもお伝えした通りです。多種多様な元素で満ちあふれる現在の宇宙の作られ方、すなわち「宇宙のレシピ」を詳しく解き明かすことは、XRISMが掲げる科学目標の一つでもあります。今回は、この「レシピ」について、もう少し掘り下げてみましょう。

図1:太陽系(左)と地球(右)の元素組成(質量比)

 図1左のグラフは、太陽系の平均的な元素組成を示します。宇宙創生直後の大イベント「ビッグバン」で作られた水素やヘリウムが大半を占め、次に酸素、炭素、ネオン、鉄、窒素と続きます。この組成は、現在の宇宙全体の平均組成にも比較的近いと考えられています。一方、図1右は、地球の元素組成です。鉄、酸素、ケイ素、マグネシウム、硫黄、ニッケル、カルシウム、アルミニウムなどが豊富に含まれるのに対し、水素やヘリウムはそれほど多くありません。どうやら「宇宙のレシピ」と「地球のレシピ」は別物のようです。この違いは、何に起因するのでしょうか。それを突き止め、地球の「原材料」を詳らかにすることは、生命の起源という大問題を解明するための第一歩となります。その手がかりを与えるのが、本記事で紹介する「星間塵 (せいかんじん)」です。

星間塵

 恒星と恒星の間に広がる宇宙空間のことを「星間空間」と呼びます。星間空間はほとんど真空ですが、1立方センチメートルあたりに原子1つほどの低密度で物質が存在します。これを「星間物質」と呼びます。星間物質は99%が気体の状態(気相)にあり、その主成分が中性の水素原子です。そして残りの1%が、固体の状態(固相)にある「星間塵」です。「星間ダスト」とも呼ばれます。「塵」や「ダスト (= 埃)」と言うと、役に立たないごみのような存在に思えてしまいそうですが、実はこの「塵」こそが、私たちの宇宙に物質的な豊かさをもたらします。

 星間塵は、大きさにして数ナノメートルから数ミクロン程度の微粒子(図2)で、多数の原子によって構成されます。原子はその組み合わせによって、様々な分子を作ります。例えば、多数の炭素原子が寄せ集まったグラファイト。身近なところでは鉛筆の芯に使われるこの物質は、星間塵の中にも多く見つかっています。輝石やカンラン石などのケイ酸塩(シリケイト)も、星間塵物質の代表格です。他にも、氷(H₂O)やドライアイス(CO₂)を含む星間塵も確認されています。

図2:隕石の中に見つかった、星間塵を起源とする直径0.1ミクロンの微粒子
Credit: http://spiff.rit.edu/classes/phys230/lectures/ism_dust/ism_dust.html

 先述のように、固体微粒子である星間塵は、質量比にして星間物質全体のわずか1%に過ぎません。しかしながら、この1%が、星間物質に含まれる重元素 (水素とヘリウム以外の元素) の大部分を独占します。例えば、炭素や酸素は、約半分が気相中に、残りの半分が星間塵として存在します。鉄に至っては、全星間物質のうち99%以上が星間塵に取り込まれていることが知られます。一方、水素やヘリウムなどの軽元素は、大半が気相に含まれ、星間塵として存在する量はごくわずかです。つまり星間塵は、軽元素が主成分である星間物質から重元素を抽出し、ぐっと濃縮したものだと言えます。ここで図1を見返すと、星間物質と星間塵の対比は、太陽系全体の組成(図1左)と地球の組成(図1右)の対比によく似ていることに気がつきます。この相似関係から、岩石質の惑星の形成には星間塵が深く関わることが推測できるのです。

星間塵の形成と成長

 星間塵の形成プロセスは未だはっきりとはわかっていませんが、恒星の進化末期に放出される恒星風の中などの、低温・高密度で重元素が豊富な環境で作られると考えられています。こうしてできた星間塵は、初めは小さなサイズですが、分子雲などの高密度な環境で、より大きな粒子へと成長します。やがて分子雲では、新しい恒星と、惑星の元となる原始惑星系円盤が誕生します。このとき、星間塵は円盤の一部に集積し、惑星へと発展すると考えられています。地球上に存在する多彩な鉱物も、元をたどれば星間塵によってもたらされたと言えるのです。

熱い天体が放つX線を、冷たい星間塵が遮る

 星間塵は、周囲の恒星が放つ光を吸収することで、絶対温度にして数十から数百度にまで暖められます。暖められたとは言っても、太陽などの恒星と比べたらはるかに低温のため、主に赤外線で輝きます。図3は、2006年から約5年間活躍した、JAXAの赤外線天文衛星「あかり」による遠赤外線の全天画像です。中央部を左右に伸びる帯状構造が、天の川に存在する星間塵由来の赤外線放射を示します。

図3:赤外線天文衛星「あかり」による全天画像。銀河座標系で描かれており、楕円の中心が天の川銀河の中心方向に対応する。銀河面に沿って星間塵が分布する様子がわかる。Credit: ISAS/JAXA

 一方、X線は数百万度から数億度の熱い物質が放射する光なので、X線天文衛星であるXRISMは、星間塵を直接観測できません。これは、暗闇の中に漂う埃が人間の目に見えないことと同じです。しかし、埃の向こうに明るい光源があると、どうでしょうか。我々の目に届くのは光源からの直接光ですが、途中にある埃が光を遮って「影」を作るので、そこに埃があることを認識できます。

 XRISM も、これと同様の方法を使って星間塵を観測します。光源として用いるのは、中性子星やブラックホールなどの高密度天体を含むX線連星です。以前の記事(参考記事2)でもご紹介したように、連星中の高密度天体は、相手の星から物質を吸い寄せ、周囲に熱い降着円盤を作ります。降着円盤は非常に強いX線を放つので、手前にある星間塵にとって絶好の背景光となるのです。なお、X線連星は、それ自体もXRISMの研究対象です。X線連星を観ることで、連星そのものと星間塵の両方からデータが得られる、言わば一挙両得の観測を行います。

スペクトルに刻まれた「影」が伝える星間塵の化学組成

 最後に、星間塵が作る「影」が具体的にどのようなシグナルとして観測されるか、さらにそこから何がわかるかについて解説します。

 星間塵は非常に小さな微粒子です。これが広い宇宙空間を漂っているわけなので、光に照らされた空気中の埃とは異なり、影の形が直接見えるわけではありません。代わりにX線のスペクトルの中に、星間塵が作る「影」のシグナルを捉えます。星間塵は、形はどうあれ原子の集まりなので、光と相互作用します。X線帯域では「光電吸収」が主要な相互作用です。光電吸収は、原子や分子の量子力学的な構造によって決まるエネルギーの「しきい値」を持ち、入射するX線のエネルギーがしきい値を超えた場合にのみ、そのX線を効率的に吸収する性質を持ちます(図4)。したがって、背景光のスペクトルが連続的であれば、光電吸収の帰結として、しきい値よりも高いエネルギーのX線だけが強く吸収を受けたスペクトルが得られます (図5)。このスペクトル構造を「吸収端 (absorption edge)」と呼びます。

図4:光電吸収の概念図。
入射するX線のエネルギーがしきい値よりも高い場合にのみ、光電効果によってX線が吸収される。
なお、光電吸収に関わったK殻電子は、X線のエネルギーを得て原子外へと飛び出す。
図5:XRISMによるX線連星GX 340+00 の観測で期待される吸収端のスペクトル。
鉄を取り込んだ星間塵の組成によって吸収端周辺の構造が異なる。
(XRISM White Paper Fig.8を改変。Rogantini et al. 2018, A&A, 609, A22の計算に基づく)

 XRISMは、X線連星のスペクトルに刻まれた吸収端を、星間塵の「影」として捉えます。一般に、光源と観測者の間に存在する原子の数が多いほど、吸収端の「落差」が大きくなります。さらに、星間塵の組成によって吸収端の形が変わります。図5は、XRISMによるX線連星GX 340+00 の観測で期待される、鉄のK殻吸収端周辺のスペクトルです。星間塵に含まれる鉄が単体で金属を成す場合と、ケイ酸塩(例えばFe₂SiO₄)として存在する場合とで、スペクトルの形が異なります。しかし、その差が明確に現れるのは、図からもわかるように、吸収端周辺のわずか50 eV程度の範囲に過ぎません。これまでのX線天文衛星では100 eV以下の構造を区別できなかったため、組成の違いはわからずじまいでした。5 eVのエネルギー分解能を持つXRISMによって、初めて判別可能となるのです。

 XRISMは、鉄以外の様々な重元素についても、その吸収端を使って星間塵の組成を調べます。組成診断は赤外線観測でも行えますが、サイズが大きな星間塵の場合、表面近くの情報しか得られません。今回ご紹介したようなX線吸収を使う方法だと、星間塵に含まれる全ての原子を見通せるので、赤外線とX線のデータを組み合わせることで、粒子の全体構造まで明らかにできます。これによって、星間塵の生成から成長に至る一連のプロセスに迫れるかもしれません。「熱いプラズマの観測が得意なXRISM」が挑戦する「冷たい星間塵のサイエンス」にも、どうぞご期待ください。

(執筆:山口 弘悦)

参考記事

参考記事1:
宇宙のレシピの源を解き明かす - 超新星残骸
宇宙のレシピを手に入れよう −銀河から銀河団まで
宇宙の鉄を照らし出す中性子星

参考記事2:
宇宙の鉄を照らし出す中性子星
時空の果て ブラックホール


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