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穢土堅洲泥府(エド・カタストロフ)

ごぎゃああああ……ごぎゃあああああ……

無人の荒野に、赤子の泣き声が響く。黒い空から冷たい雨。黄色く濁った水たまりには目が、口が、ひしめく。

びちゃり。水たまりのひとつから、何ものかが這い出す。大頭に皺の寄った老人の顔。長い髭を胸前まで垂らし、手足や胴体は寸詰まり。それはただただ泣き散らし、哭き喚いて、この世とあの世の境をなくす。

ぶうううん、ぶううううん……異音を発し、点滅する、蛍の如き鬼火ども。びちゃりびちゃり、びちゃり。水たまりから次々と、異形のものが現れる。鬼、鵺、土蜘蛛、夜刀神、手長足長、黄泉醜女。ありとあらゆる妖怪変化が、死人の群れを率いて、常夜の闇をば浮かれ歩く。

百鬼夜行のその前に、袈裟を纏った壮年の入道がひとり立つ。

「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。南無八幡大菩薩、鹿島香取諏訪の神……」

ごぎゃああああああああああ

百鬼は凝り固まって、赤子の姿の大鬼となり、入道をはたき潰さんと腕を振り上げる!

修理固成

入道は大身槍を構えて、足元の泥土に突き立てる。ごろごろといかづちがほとばしり、泥土は乾き固まる。渾沌変じて国土と成る。

ごぎゃああああああああああ・・・・・・・

大鬼は打ち祓われて泥人形と成り、崩れ去る。周囲は僅かに静まる。だが、きりがない。この常闇を打ち払うには遥かに足りぬ。入道は汗を拭い、空を仰ぐ。

空には暗雲を纏った縞瑪瑙の天守が浮かび、その下で森羅万象が魑魅魍魎に変化していく。

慶長元年。江戸城の上空に突如現れたそれは、暗雲を四方に広げ、江戸を異界に飲み込んでいった。今や江戸は異形のものどもの領土、穢土となった。ゆっくりと、それはさらに拡大を続けている。人々は恐慌を起こして逃げ出した。わざととどまり、自ら異類と化した者たちも多数いる。

そして、武装して縞瑪瑙の城へ乗り込み、原因を滅ぼそうとする勇敢無謀な者たちも。男は、それだ。

彼こそは西念入道。俗名は――服部半蔵正成である。

【続く/800字】

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