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ニンジャスレイヤー222【フラグメンツ:ニンジャ・ホリデイ】

闇の中。香炉から煙がゆっくりと立ち上る。タタミの上にザゼンするダイスマンは、神秘的なチャワンの中に三つのダイスを投げた。すると、見よ…。

◆路地裏◆

ネオサイタマ、グラフィティアートまみれの路地裏。治安はかなり悪い。「ヨオ、マブ!」「オチャしない?物陰で!」「ヘッヘ!前後!」三人のヤク中ヨタモノが、黒尽くめのゴス女を囲んでいる。「猿」「前後」「農民」などの危険なタトゥー、三人合計して四十本はあろうチョンマゲ。

「クタバレ!スタンガンかますよ!」こんな場所に来るからには危険は承知だ。ゴスは危険改造スタンガンをチラつかせる。「オッ!いいもの持ってんな」「スタンガン食らったらゲロ吐くって聞いたぜ」「試してみるか?こいつでよ」チョンマゲヨタモノたちは全く怯まない。手に手にナイフを弄ぶ。

「アーッ!前後したい!前前前後したい!」一人がたまらずズボンを下ろした。チョンマゲが増えた。「プッ!」ゴスがその粗末さに噴き出した。「アッコラー!?人の持ち物をテメエ!?」掴みかかるそのヨタモノに、ゴスは厚底靴で股間を思い切り蹴り上げる!「アバーッ!?」ボールブレイク!

「ナンオラー!?」「スッゾコラーッ!」うずくまる一人!残る二人は激昂し、ゴスにナイフで「待ちなさいな」すっ、と空気が冷えた。異様なアトモスフィア。背の高い、モヒカンの男が、ヨタモノたちの背後に立っていた。「ドーモ、ポイズンバタフライです。あんたらナニシテンノ?」

「アイエッ……!?」振り向いたヨタモノたちは凍りついた。彼の顔にはトゲトゲの奇妙なマスクが装着され、ヤクザスーツを纏っていた。ヤクザ。そして、まさか。「た、助けてッ!こいつらに強制前後されそうなんです!」ゴスは叫んだ。彼女も震えていた。彼は、ただのヤクザではない。

「アラそお。元気いいわね。こんなとこにあんたみたいなマブが来ちゃダメよ。こういうの寄って来て当然だもの」ポイズンバタフライは両掌でヨタモノ二人の頭を掴み、両眼を光らせた。「アタシ、ちょーっとお金が足りないの。貸してくんない? 命は助けてあげる。殺しは後始末めんどいから」

「「あ、ア……」」彼と目を合わせたヨタモノたちは、ガクンと両腕を垂れ下がらせ、ナイフを取り落とした。カナシバリ・ジツだ。そして言われるままに懐から財布を取り出した。「あ、そこで倒れてるアホのも頂戴」「アアア……」股間を蹴られ悶絶していたヨタモノも、仲間に財布を取られる。

「……ンー、シケてるわね。ま、こんなもんか。いいわよ、消えなさい」ポイズンバタフライが指を鳴らすと、二人のヨタモノは倒れた一人を両側から担ぎ、這々の体で逃げていった。NRSとジツの効果で彼らの記憶は飛んでいるだろう。薬物で夢でも見て、ウカツにも財布を落としたと思うだろう。

「あ、あり、がと、ございました」ゴスは腰を抜かし、へたり込んでいる。彼女にジツはかけていないが、目の前でニンジャがジツやカラテを振るえば常人はNRSを起こす。「どーいたしまして。失禁してない?」「あ、ハイ」「そう。少しは根性あるのねお嬢ちゃん。いえ……カワイイお坊ちゃん」

「え」ゴスが驚く。完璧な女装だ。バレるはずは。「ワカルのよ。スリル、味わいたかったんでしょ?味わえてよかったわね」「え」「それとも、メチャクチャにされて死にたかったの?そういう趣味もわからなくもないわね。けど、ダメよ。……ね、オチャしない?いい店知ってるの」「え」

◆埠頭◆

埠頭の暗闇。重金属酸性雨が弱く降り、錆び朽ちたコンテナや配管、穴だらけのコンクリートをさらに腐蝕していく。人の気配はない。いや、ちらほらと人影が見える。ここは闇取引の場として、裏社会の者たちからはそこそこ知られている。違法な薬物や横流しされた銃器も手に入る。

配管の陰から、男が姿を現した。短髪で、剣呑な目つき。鼻から下を異様な金属製のマスクで覆っている。別の配管の陰から小男が立ち上がり、アイサツした。「ドーモ」「ドーモ。久しぶりだな」「そうね。あなた、ソウカイヤのニンジャになったかね」「いろいろあってな。ぼちぼちやってるぜ」

昔なじみだが、互いに名乗らない。そういう決まりだ。アイサツをするという意志が伝わればいい。「私を脅さなきゃそれでいいよ。このへんは怖い人の縄張り。言いつけるよ」「しねえよ。許可はとった。話は届いてるだろ」「そうね、メン・タイ。見せて」マスクの男は、懐から薬包を取り出す。

「ちょいとツテがあってよ。上物だ。いい値つけてくれや」メン・タイ。ロシアとの闇取引で輸入されている非合法薬物だ。赤い錠剤か粉末で、摂取するとニューロンを活性化させるが、寿命が削れる。オーバードーズすると千手観音が見えると言われ、闇ブディストの一部でも流行っている。

「出処は聞かないよ。けど、なんか芳香剤の匂いするね」小男は薬包をクンクンと嗅ぐ。マスクの男、ハウスバーナーは肩をすくめた。この間トイレでヤクザから奪ったものだ。クソの匂いは芳香剤でごまかしたが、ちと強かったか。「いい匂いだろ。高級品だぜ」「トイレの芳香剤みたいな匂いね」

小男は錠剤を数える。「五つね。大体六つ一組で流通してるけど、一個あなた使ったか?」「うるせえな。いくらだ」「アー、最近値崩れしててね。私も商売うまくいってないよ。これぐらいなら」「ア?足元見るなよ、これぐらいだろうが相場としては」「相場は変動するよ。ロシアとの為替ね」

「いろいろ物入りなんだよ、俺もさ。あんたが苦労してんのは知ってるが、俺だって生きてかなきゃさ」モータルとはいえ暴力は振るえない。この界隈はアーソンのシマだ。ソニックブームほどではないが強く、羽振りがいい。大勢のクローンヤクザを率い、家紋タクシーを颯爽と乗り回している。

そうした雲の上の存在と、揉め事を起こして睨まれたらコトだ。「あなたニンジャでしょ?カネならカラテで奪えるでしょ?」「あんまり派手にやると組織に睨まれんだよ。ヤクザだからさ」小男は足元を見てくる。モータルの頃から世話になった相手だ。強くは出られない。交渉はどうも苦手だ。

「アー、しょうがねえな。トロ粉末もあるんだ。これもつけっからよ、もう少し良い返事くれや」「トロ粉末ね。これも結構今ダブついてるよ」「なんなんだよ。ソウカイヤがシメてるだろ」「なんとかいうこの辺のヤクザクランがいろいろしてるのよ。そのうちソウカイヤも動くね」「やれやれ……」

小男は万札を数枚手渡し、微笑んだ。「取引、あなたが相手でよかったよ。私いつも脅されるね。ニンジャに」「そいつらは言いつけねえのか」「言いつけたらもっと脅されるね。私、弱いから」「じゃあ脅しときゃよかったかな。……いや、しねえよ。俺は奥ゆかしいからな」「ユウジョウね」

◆闇医者◆

ネオンサインの光が途切れ、奥まった場所へ。かなりの暗闇でも彼には支障はない。サイバネアイは眼球を置換するサイバネギアであり、網膜ディスプレイ機能や赤外線視、ズーム機能、水平制御センサー、ターゲッター、映像記録機能、さらには敵の移動パターン解析や弾道予測機能までも備える。

ここへ来るのは三度目だ。高いローンを組んで買った…ソウカイヤに入った時に買わされたサイバネアイは、一度破壊された。ニンジャ殺しの死神、ニンジャスレイヤーのスリケンによって。悪夢のようだった。生き残ったのは奇跡だ。ハウスバーナー=サンとのユウジョウ、そしてキアイと……。

「タネコ……」インパーミアブルは、懐のオマモリ・タリスマンを握りしめる。亡き妻タネコが守ってくれた。彼はそう思った。生き延びろと。しかしタネコがいない今、なんのために生きるのか。哀れなオイランのスズリは救ったが、彼女を守るためか。それでもいい。タネコに操は立てている。

彼はカラテに乏しいが、ワザマエはそこそこ高い。サイバネアイでワザマエを高めれば、スリケンで後方から支援できるし、高いニューロンでトラップ解除もお手の物だ。この前のイクサでブラックマンバにカウンターカラテを当て、カラテに少し自信もついた。生き残るための力。カネとカラテ。

「カラテ……カラテだ」ぼつぼつと呟く。ノー・カラテ、ノー・ニンジャ。カラテを鍛えれば体力も増え、死ぬ確率は格段に減るだろう。しかし……重サイバネ者とのイクサは、彼にサイバネの、テクノカラテの可能性を見せていた。モータルであれだ。ニンジャがテクノカラテを身につければ……。

闇医者が寝ぼけ眼をこすり、顔を出した。「ああ、君か。またサイバネ手術を受けたいと?」「ああ。テッコだ。右腕をテッコに置換したい」「カネはあるかい?ローンを組むか?」「ここにカネはある。整備代は払う」「それならいい。ニンジャは上客だ。耐久力が高いし、カネ払いもいいしね」

テッコ。電子戦争時代に普及した戦闘用サイバネで、片腕の肘から先を戦闘用ガントレットアームに置換するものが一般的だ。装備者の戦闘力を高め、回避を容易にする。イクサで失ったわけでもない腕を機械に取り替えることになるが、インパーミアブルに抵抗はない。肉体は所詮道具、機械だ。

サイバネ化は人間性を削るという迷信もある。くだらない。自分はペケロッパ教徒でもない。利用できるものを利用するだけだ。「なまの腕は下取りにしていいかな。ニンジャの腕なんて貴重だし、しばらくの整備代はチャラにできるよ」「頼む。サイバネアイの整備代もそれでいいか」「ああ」

次はどうする。ヒキャクか、生体LAN端子か、クロームハートか。ニンジャとはいえ、あまりに多くの部分をサイバネ化すれば物理的に危険だろう。カネも有限だ。チームの中での立ち位置を考えると、ハッキングのスキルを伸ばしたがいいか。とすれば生体LAN端子だ。脳をいじることになる。

「右腕ね。いいのあるよ。カスタマイズもできる」闇医者がテッコをいくつか持って来た。右腕。タネコをハグし、愛撫した右腕。あの時、トラックに轢かれたタネコに届かなかった右腕。それを捨てる。いや、カイゼンする。生き残るために。守るために。今度こそ。そして、仲間のために。

【フラグメンツ:ニンジャ・ホリデイ】終わり

これは、ブラッドレー・ボンド&フィリップ・N・モーゼズ著、本兌有&杉ライカ訳の大人気小説『ニンジャスレイヤー』の二次創作です。公式とは一切関係がありません。
◆ニンジャスレイヤーTwitter◆https://twitter.com/NJSLYR
◆ダイハードテイルズ公式サイト◆https://diehardtales.com/

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