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自分の才能と神を信じた挑戦の物語。映画『歌声にのった少年』パレスチナ、2016年。

この映画について、酒井啓子先生のハニ・アブ・アサド監督の記事がよかったので見に行きました。ちょうど仕事も1段落したので、今後の追い込みに向けて、気分転換するために。娘と一緒に買い物もしたかったし。映画の日でお値段もお手頃だったので。

アメリカやイギリス、イタリア、中国など世界のいろんな国では、歌のオーディション番組が大人気。出場をきっかけに無名だった人物が一躍スターになるニュースは、インターネットでときどき目にします。この映画も無名だった少年が、オーディション番組に出場してスターになったという実話をベースにしています。

ただ、この映画が特殊なのはパレスチナという戦争状態の中で暮らしていた少年が、厳しい検問をくぐり抜けて国境を越え、エジプトのオーディション番組『アラブ・アイドル』に参加して優勝したということ。主人公の少年にはパスポートもなく、お金もない。あるのは歌の才能と夢だけ。

映画はシンプルです。ただただ、主人公ムハンマド・アッサーフの歌声のすばらしさと、彼らの信じる神様に忠実に「善き行いをする人」であろうとする人々、そして、彼の才能に自分たちの「希望」を託す人たちの物語です。

ポイントは登場人物たちがみんな神の前に「正直に」「不正をせず」というところでしょうか。「虐げられているパレスチナに住む自分たちが、抑圧者のつくった法律を無視するのは正当な理由がある」というレジスタンス的な映画でないのが印象的でした。

普通のこの手の映画なら、主人公の少年は偽造パスポートで税関を通るとき、決して正直にいいません。でも、彼は役人に聞かれて「偽造」だと正直に話してしまいます。苦労してエジプトに到着しても、当然、出場するためのチケットもありません。人生を変えるためにはコンテスト参加のチケットが必要なのに、彼は拾ったチケットで他人を押しのけることもしません。

こういうディテールが、実際の話にもとづいているのかどうかはわかりませんが、パレスチナやエジプトといったアラブの文化圏では、神の前に善良であることが幸運を呼び込む最大の手段だと考えられているのかも。そして、実際、主人公の少年は歌の実力で出場権を手に入れるのです。

パレスチナやイスラエルの周辺は、いつも平和的なニュースが少ない地域です。子供たちが武力攻撃をかいくぐって生活したり、戦争のために夢をあきらめたりするようなことのない日が早く来て欲しいと思わずにはいられない映画でした。

邦題:歌声にのった少年
英語題名: The Idol
監督: ハニ・アブ・アサド
製作:パレスチナ(2016年)100分

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