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歴史は政治で”現代史”。『中国の「よい戦争」』ラナ・ミッター

サブタイトルは、「甦る抗日戦争の記憶と新たなナショナリズム」。中国にとって、第二次世界大戦がどんな意味を持ってきたのか、今の中国政府にとってどこが不都合なのか。冷戦時期には無視され、最近、なぜ語られるようになってきたのか。この本は、中国政府が宣伝したい「よい戦争」の物語がときあかされる本です。

中国にとって長い間、第二次世界大戦(含む、日中戦争。中国では「抗日戦争」)は中国共産党が主導して、「人民」が戦った結果の勝利だとされてきました。でも、実際の戦争時期の中国共産党はまだまだ小さな勢力で、実際に戦争をしたのは蒋介石が率いる中国国民党とその政府。でも、それは長い間、なかったことになっていました。なぜなら、中国政府(共産党)に不都合だから。

蒋介石は、第二次世界大戦後の内戦で毛沢東に負けて、台湾に逃げました。毛沢東は、中華人民共和国の建国後、台湾も占領したかったけれど、ソ連やアメリカとの関係上できませんでした。冷戦の時代、中国にとってアメリカは敵。でも、冷戦が終わると手を結びたい国。このあたり、とてもややこしいです。

文化大革命の混乱が終わって、冷戦が終わった1980年代、中国がだんだん経済発展していきます。そして、台湾との関係改善の中で、国民党とその政府を評価する歴史が描かれるようになりました。でも、第二次世界大戦といい文化大革命といい、まだまだ中国政府が描きたくない歴史はたくさんあります。

例えば、日中戦争を戦った重慶の物語。主役は蒋介石の政府と軍隊、そしてそれを支えた人たち。例えば、日中戦争時期に大きな飢饉に見舞われた河南省の人たち。経済発展やグローバル化の過程で、自分たちのアイデンティティにつながる物語を発見した中国の人たちは、中国政府の目論見とは関係なく、調査記録の出版やドキュメンタリー番組、実話ベースの映画など、いろんな形で発信しつつ、最近ではSNSも活用しているそうです。

ただ、それが中国国内で制限されるかどうかは政府の判断次第。中国国内では、いつも「多様な共産党以外の歴史」と、中国政府が強調したい「共産党中心の歴史」のせめぎあいます。そして、外交の舞台では、中国政府が第二次世界大戦中のアメリカやヨーロッパとの共闘を強調することで、国際的な地位を高めたい狙いがありますが、それが欧米の価値観と合致するとは限りません。

日本とナチスを同列において、自分たちの第二次世界大戦と、ヨーロッパの戦争と同列に評価させたいた中国政府。中国に逃げてきたユダヤ人たちの歴史がクローズアップされ、イスラエルとの友好が強調されました。一方で、アメリカとの協力関係を強調したいのに、時期的には蒋介石とその政府の存在が邪魔になります。この本でとりあげられている、事例の一つ一つが興味深いです。

個人的には、好きな映画監督フォン・シャオガンの作品『一九四二』の顛末が興味深かったです。日本では公開されなかったのですが、中国ではなんだかんだいって公開され、大好評だった模様。ただ、海外での評価はイマイチだったとか。フォン・シャオガンの目的は、文化大革命時代の飢饉の黒歴史にメスを入れることだったのですが、それは実現していません。

ミッター教授の日本語版への序文は、原著が2020年だったのに加えて、その後2年の国際政治や中国政府の動きを加味してくれていて、より、リアルタイムさを増してくれています。

そして、監修の関知英先生の解説が、日中戦争や歴史に詳しくない読者にも親切なものになっています。学術的な内容なのに、かなり読みやすくなっているのは、そういう至れり尽くせりな編集のおかげでしょうか。新しい研究書がすぐに日本語で読めて、解説つき。みすず書房さん、さすがです。


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