見出し画像

【歳時記と落語】電話の日

【歳時記と落語】電話の日

今日9月11日は「公衆電話の日」に因んで、電話の噺でも紹介しようと思います。

さて、電話に関する記念日といいますと、このほかに「電信電話記念日」が10月23日で1869年に初めて電信が引かれた日、「電話創業の日」が12月16日で、1890年に東京横浜間で事業が開始された日、それぞれございます。

初めのころは、電信電話の仕組みは庶民にはようわからなんだ。手紙を遠くまで送ってくれるというんで、電信の線に手紙ぶら下げた人もあったんやそうですな。

「公衆電話の日」というのは、1900年に東京の新橋と上野駅前に始めて公衆電話が設置されたのを記念したもんです。もっとも、当時は「自動電話」と呼ばれとったそうです。この頃の電話というのは、交換手を呼びだして、自分の電話番号と相手の電話番号を伝えて繋いで貰うというもんで、この「自動電話」も自動とは言うても、交換手に相手の電話番号を言うてからお金を入れて繋いでもらうもんやったんですな。交換手のいらんダイヤル式の電話が登場するのは1925年、その頃から「公衆電話」という言葉が出てきたんやそうで。

当時の電話というのは、ちょいちょい混線したんやそうですな。いまどきはそんなことはまぁありせんが、一昔前までは偶にあったもんです。大正の頃は、そんな混線を解くまじないがあったんやそうです。「話し中」と叫んだらええというんですな。

なんでそんなんで直るかというと、これにはからくりがあって、当時の電話というのは交換手には聞こえてたらしいんですな。それで「話し中」と叫んだら、交換手が混線に気がついて直してくれたんやそうです。プライバシーやら個人情報やら通信の秘密やら喧しい今の世の中からしたら、考えられへんぐらいにのんびりした話ですな。

その時分の創作落語に「電話の散財」というのがあります。二代目桂文之助の作とも、その師匠・二世曽呂利新左衛門の作とも言われますが、今に伝わるのは二代目林家染丸の型で、林家染丸一門以外ではまずやらん噺です。

さて、昔から大店の悩みの種はといいますと、若旦那の道楽と相場が決まっておりますが、大阪にございます、さるお店は全く逆でございまして、若旦那の方が、親旦那の道楽に手を焼いている次第でございます。
しかもこの若旦那、選挙に出てなさるんですな。そんなわけで、事務所から呼び出しの電話が掛かってまいります。しかし、親旦那一人にするとまた遊びに出かけるやも知れん。それはこの時期どうにも体裁が悪い。そこで若旦那、「十日でも二十日でも、行きやせん」と親旦那に約束させた上に、番頭にきつう言いつけて事務所へ向かいます。
ところが、若旦那の姿が見えんようになった途端に、親旦那は「羽織を出しとくれ」ときたもんです。ミナミへ繰り出そうというんですな。
番頭はここで親旦那に出て行かれたんでは、後で若旦那に合わせる顔がない。そこで一計を巡らせます。
「旦さん、ミナミへ電話を掛けて、電話室の中で、唄を唄うてもろうて、それを、こっちで聞くというのはどうです」
「それでは、顔が見えんがな」
「お写真が見たらよろしいやないかいな。わたいが、お酌いたします」
こらちょっと、よそにはない、こらおもろいと親旦那も乗り気です。
先方へ電話をいたしますと、今お風呂へ行ったはるというので、折り返し電話をしてもらいます。お店の番号が「西の五千九百十番」、「じじ ごくどう」ですな。
酒肴を取り揃えて待っておりますと、先方から電話。電話室で三味線弾いて唄を唄わせて、おまけに、いつもの通り芸妓やら太鼓持ちも呼んでもらいます。

♪梅にも春の 色添えて 若水汲みか 車井戸
音もせわしき 鳥追いや 朝日にしげき 人影を
若しやと思う 恋の欲……♪

「梅にも春」ですな。陽気にやっておりますと途中で、
「昨日お見せになりました見本の口、どぉなりましたんや?」

混線ですな。こういう場合は「話し中」というと直してくれたんです。
そこで親旦那が「話し中」と言いますと、元の「梅にも春」に戻ります。しばらくするとまた混線。

「話し中」

いよいよ賑やかにいこうというんですが、どうも電話の向こうは元気がない。飲み食いなしの空散財やったんですな。食べるもんやら酒やら用意させまして、今度は賑やかに「磯節」です

♪磯で名所は 大洗様よ
松が見えます ほのぼのと
見えます ほのぼのと……♪

「アァ~、テヤテヤテヤテヤ、イササカリンリン、スカレチャドンドン、ハァ~、サイショネ……」

電話室の中で、赤うなってやっております親旦那、傍から見たら茹蛸の裸踊り同様というやつ。
そこへ忘れ物でもあったのか、若旦那が戻ってまいります。見ると親旦那は電話をしているようやが、どうも様子が普通やない。

「お父さん!」
「あ、コラコラ」
「おかしな具合やで。お父さん! わたしが分かりまへんか? もぉ~し、お父さん! もぉ~し!」
「えぇ、何やまたか。話し中ッ!」


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?