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自分を癒やす最強の魔法を持っている話

私には、しんどいときに唱える魔法がある。
もうどうにも頑張れなくなって、会社のトイレから動けなくなったときとか、帰路につく終電で、アジカンの『桜草』や清竜人の『ワールド』を聴いちゃって涙ぐんで、誰も私のことなんか気にも留めていないのに、一人にらめっこ中か!みたいな顔を手で扇いで耐えてるときに唱える魔法がある。
その魔法を手に入れるまでの話です。

愛しいということ

「ミータ」
そっと名前を呼ぶと、テレビのCMくらいの時間を待った頃に、トタタタ…という足音が近づいてきて、「にゃおん」と白い猫がリビングに姿を現す。
白い猫って書いたけど、ほんまは生成り色で、眉間と目の周りと長いしっぽの先はブラウンベージュとモナカみたいな色で柄が入っている。昔、友達に写真を見せたら、トラみたいな顔の猫やなって爆笑されたことがあった。そんなにいかついと思ったことはないけど、人によったらそう見えるらしい。そのときは、可愛いうちの子に何を言うねんって腹が立ったし、ちょっと傷ついた。
目は澄んだ山奥の湖みたいな静かな水色と青の中間の色で、宝石みたいにキラキラしていて、私は吸い込まれそうになるその目を見るのがとても好きだ。

そうやって現れた猫に向かって、ソファに座る自分の太ももを「おいで」とポンポン叩くと、身軽に跳ねたあと、一瞬遅れてずっしりとした重みを感じて、ゆっくり丸くなってその場所に収まる。毛並みに沿って背中を撫でると、気持ちよさそうに目を細めて頭を臥せて、それからここを撫でろと言わんばかりに私の手に頭や首を押しつけてくる。ゆったりと、パタッパタッと指揮者のようにリズムを取って揺れるしっぽ。
胸がきゅうっと詰まって、ろうそくの炎が灯ったみたいに穏やかに心がぽかぽかする。

猫を撫でる行為には癒し効果があるって記事を読んだことがあったけど、私が証明してみせましょうかっていうくらい、ミータを撫でている私のストレス度は急降下する。株価ならきっと大暴落だ。それくらい、彼との時間は特別に包まれている。アロマテラピーよりも半身浴よりもリラックス効果がある。愛おしい。口の中に入れてしまいたい。ぎゅーっと抱きしめてそのまま一つになってしまいたい。文字にするとヤバいけど、嘘じゃない。
だから大好きな弟君の、4分の4拍子で上下するお腹は少し怖くて、いつも見えないフリをしていた。

運命的な出会い

ミータとの出会いは、小学2年生のとき。
我が家は大阪市内の端っこにあって、キタやミナミには20〜30分で着くけど、家の周りはカエルと虫の鳴き声がうるさい田んぼと団地が広がる、たぶん田舎のほう。
ある日、学校を終えて家に帰ったら、家門の前の排水溝で片手に乗るくらい真っ白でちいちゃい毛むくじゃらが、ミーミーとか細く鳴いていた。
家族にしたい私とおかんVS反対派の兄とおとんの家庭内抗争が起こったけど、結局その毛むくじゃらが可愛くて可哀想ですぐに合意条約を結び、我が家の一員になった。めちゃくちゃ嬉しかった。
実はその前にも、近所の公園から猫を拾って帰ったことがあって、「返してこい、人間の臭いが着くと親猫からも捨てられる。そのまま死んだらお前のせい」って兄からボコボコに言われて、大泣きしながら元いた場所に返しに行ったことがあった。だから拾って連れて帰ったわけでもなく、猫のほうからうちの家を選んでやって来てくれたなんてジブリの世界みたいだと思った。
名前はミーコ。後からオスって分かって、ミータに改名した。

最初は反対していた兄ちゃんもおとんも、動物好きではあったので、あっという間にミータを可愛がるようになった。ミータは猫だけど、人みたいだった。

1つ1つエピソードを書くといつまでも尽きないので、箇条書きにする。

・人の言葉が分かる。おいでって言うと来るし、入りって言うと家に入る。もちろんごはんも、一緒に寝よも分かる。
・家族全員が夜まで家を空けるときは、閉め出されないように朝の出掛けにはさっと帰ってくる。ちゃっかりしている。
・たまーにうなぎの頭や古くなったマグロをあげるとき、おかんが外に向かって「ミータ、うなぎやで!」って叫ぶと、普段のおっとり具合なんて忘れてしまうほどマッハで飛んで帰ってくるし、うにゃうにゃ喋りながら美味しそうに食べる。
・布団で寝るときはいつも、枕に頭を乗せる。人間か。
・こたつで寝るときは、熱いから顔だけ出す。これも人間か。
・サービス精神が旺盛で、近所の人が来ると自然と足にすり寄る。ご近所さんの人気者。
・夜は家族一人ずつの布団を少しずつ回って添い寝をしてくれる。呼ばなくても来てくれる新種デリヘルサービス。
・大好きな兄が塾やバイトで遅くなるときは、暗くなるまで沖縄のシーサーみたいに家門の柱にずっと座って待つ。いじらしい。
・ケンカはすこぶる弱いので、野良猫に出会うとすっ飛んで家に入る。ヘタレ。
・一度、もう1匹猫を引き取るかという話になり、メスの子猫を連れて帰ったら、ミータは2階から一切降りて来なくなり、ご飯も食べられなくなったので断念した。ヘタレパート2。
・薬がキライで、たまに飲まされたときはしばらくしょんぼりする。
・猫なのに散歩ができて、夜に近所を歩きに行くときはヒモもなく、着いて歩く。
・半目で寝てるときがある。こわい。
・私が落ち込んでるときは、ずっと傍にいてくれる。就活で失敗して引きこもりになったときは、朝も夜も一緒にいてくれた。

中学のころ、古典で出てきた猫またっていう妖怪なのかもしれないって疑うくらい。
人の機微に敏感で、賢くて、とにかく優しくて、ちょっとヘタレで、可愛くてかっこいい弟だった。

いつか来るとは知ってたけど来てほしくなかった日

就職で上京して2年が経った1月、仕事中におかんからLINEが入った。
「ミータのホッペが腫れているので、病院に行きました。一週間抗生物質を飲みます。腫れが引かない場合ガンかもしれないんですって。」
その一文を見た途端、スマホの文字が歪んだ。信じたくなくて、カバンからハンカチを引っ掴んで、慌ててトイレの個室に駆け込んだ。次から次へとポロポロ涙が粒になって溢れていく。

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。

だからずっと、あの心拍を見ないフリしていたのに。呼吸の度に上下する体が怖かった。生きるスピードが私よりずっと早い。
しゃくり上げそうになりながら、おかんに状態を聞いた。口の中に固いものができていること、高齢(16歳)だから手術はできないこと、長生きしたから病気は仕方ないらしいこと。
年末年始にミータとのあの、幸せな時間を過ごしたばかりで、哀しくて息をするにも喉が突っかかるくらい苦しかった。

それから毎日のように、おかんから報告が入った。

1月16日。腫れはひかず、ご飯も食べない。涙を流している。
1月19日。ミータは元気で、一緒に寝てる。食事も食べた。

添えられた写真に映る目が、もののけ姫のおっとこ主様みたいで、泣けた。

1月21日。病理検査の結果は、悪性かウイルス性の腫れかは、ハッキリしません。もし悪性だったら余命2ヵ月。食事はしてます。

少しずつ腫れていくほっぺたと、崩れていく端正なお顔。

余命2ヵ月って言われてたけど、そこからミータは頑張った。細く長くそっと命を紡いでいた。4月の終わりになって体重も増えたこともあり、ようやく手術しましょう、となった。

不思議な夜のこと

5月のGWの翌々週。
帰省して久しぶりに対面したミータは、手術で顔の右側を口の中から切られていて、左右でボコボコの顔になっていた。目の奥が暗くて、そんな姿になってもなんとか延命して、生きててほしいって思うのは、私のエゴなのかもしれないって怖くなった。だけど、私に寄り添ってくれるミータは温かくて生きているし、一緒に眠るときは腫れていない方のキラキラの青い目でじっと私を見つめてくれていた。勘違いかもしれないけど、一緒にいたい、生きてたいって表現だと解釈させてほしかった。
最期の最期の瞬間まで、うちに来てくれてよかったって思ってほしい。この家に来て幸せだったって思ってほしい。
ありがとうと大好きだよを込めて、ずっとずっと痩せてしまった体を何度も撫でた。

そこからは早かった。
また東京に戻った私に、だんだん自力で水が飲めなくなって、注射器であげているけど、足元がフラフラしているとおかんから連絡があった。嫌な予感がして、その週末も実家に帰った。今回が本当に最期になるかもしれない。
こんなに生きていてほしいのに、もうダメなのかもしれないって考えるのがつらかった。

その週のミータはもう、命の灯火が消えそうだった。線香花火みたいに、火の玉が落ちないようにそっと佇んでいた。
私は、ミータがよく寝ていた実家の玄関先で丁寧にブラッシングをしてあげた。元気なころは自分の都合で切り上げていたけど、ミータが満足するまでひたすらブラッシングをした。ミータの長い毛がブラシにたくさんたくさん溜まっていって、もうこれもできなくなるかもしれない現実が、心臓を握って絞り上げられるくらいに哀しくて、でも頑張っているミータの前では泣きたくなくて、唇を噛んでこらえた。

その日の夜はとても不思議だった。
窓からカーテン越しに光が入るなか、私とミータは一つの枕を使ってじっとお互いを見つめ合っていた。静かな夜だった。うつらうつらとしながらも、それまでの人生で何度もそうしてきたように、ずっとミータを撫でていた。途中で立ち上がることもなく、夜から朝までひとときも離れず一緒に寝たのは、ミータと過ごした17年で初めてのことだったかもしれない。静かな青い夜だった。

翌朝、私は東京に戻る前に、兄に連絡した。
その頃の兄とおかんは、兄の結婚を巡って冷戦状態だった。
どうしても彼女と結婚したい兄と、突然、結婚相手を紹介されたおかんの不満が爆発し、噛み合わないままになっていた。兄は仕事の都合で京都にいるのに、しばらくの間、大阪の実家には帰ってきていないようだった。
ケンカは好きにすればいいし、納得できないならそれでもいいから、とにかく兄にはミータに会うために帰ってきてほしいと伝えた。ミータが一番好きだった家族に、絶対に絶対に最期に会わせてあげたかった。

私が東京に戻った翌日、今度は兄がミータと一緒に、同じように夜を過ごしたらしい。仕事が終わったあと京都から帰ってきたらしく、朝になったら兄が寝間にいたと聞いて、とにかく安心した。私がミータにしてあげられる最後の餞だった。5月の終わりだった。

2015年6月1日。
ミータは旅に出た。死んだわけじゃない。
姿を消した。

猫は死に際に姿をくらますって聞いたことはあったけど、本当にいなくなるなんて思わなかった。おかんとおとんで家の近辺を大捜索したらしいし、警察や保健所にも電話をしたけれど、その後もミータが見つかることはなかった。
私と兄を待っていたのかな、とおかんに言われた。

ミータはいなくなった。だけど、死んでない。
そう思わせてくれることがそれからの私の救いになった。

残された魔法

生きるのがつらくなったとき、仕事に追われて溺れそうになったとき、私はそっと声に出す。
「ミータ」って唱えると、耳の奥で「にゃあん」って声が聞こえて、私に大丈夫だよって教えてくれる。癒やされたあの柔らかな時間がそこに戻ってくる。見えなくてもいると思える。
これが私の最強の魔法です。
ずっとずっと、5年経った今でも、私はミータに支えられている。
だから、いつかまた、あの子の背中を撫でたい。

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最後の写真



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キュンです
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29歳のただの私のはなし。

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コメント (2)
さはらさん、強く心を打たれるようなnoteをありがとうございます。 私も猫が大好きで、祖母の家に一匹、近所の不動産屋に私の親友猫ちゃんがいましたが、去年私の留学中になくなってしまいました。そのことを知った時の心情と重ねながら読み、涙があふれそうになりました。我が家にも元野良猫が住んでいます。この子のことも、しっかり大切にしないとな、と再確認させてもらいました。(ちなみに余談ですが、祖母の猫はミーちゃんです。笑)長文失礼しました、、。
さはらさん、ミータと深く繋がっているんですね。私の実家で約15年前にタイちゃんという可愛いネコが失踪しました。それまでは元気だったのですが、どこを探してもいませんでした。愛想のいいネコだったので、家に帰れなくなってどこかでご飯もらって暮らしているかもと思うようになりました。どこかで生きてる、そう思っていました。そして今年の1月、縁の下(今はない家も多いですけど)を掃除したときに、ほうきで奥の方さらったら、なんとネコのミイラがでてきました。ひと目でタイちゃんとわかりました。ちゃんと帰ってきていたんです。どこかで変なものを食べてしまって具合が悪くなり、その当時は年寄りの親しかおらず、夜のことで家に入れず、縁の下に入ったのかもしれません。冬の失踪だったので、寒さで腐敗せず、ミイラになったようです。その後タイちゃんは庭に埋葬しました。数十年の喉のツッカエが取れたような気がしました。ミータの話とは全然違うのですが、読んでいたら思い出してコメントさせていただきました。
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