背中をみてわかってくれ OverQuality Workers

関西の工場で何年間かアルバイトをしていた。下っ端の仕事であるが、それでも何年もやっていれば、後輩を指導しなければいけない場面もある。もちろん、といってはなんだが、整備されアップデートされたマニュアルに沿ってインストラクションするなどということはできない。そんなマニュアルはどこにもない。私も、先輩から口伝(くでん)で教わったことを後輩に伝えるばかりである。

とはいえ、間違えやすかったりよくなぞる手順についてはドキュメントにして張り紙にするなど、私自身はどうにか言語化、文書化に努めてはいた。ただ、工場の場合、明示できる仕事の手順以外にもモノの並べ方や整理整頓の仕方、次の人が使いやすいような片付けのやり方などがある。これはそのときそのときの現場の状況で変わったりするもので、工場の各現場の人員の様子やモノ(仕掛品)の流れをみていなければ適切におこなえるものではない。

また、私がいた工場では災害も頻発していたので安全に対する当然の配慮も求められていた(それは例えば、工場内を駆け足で走らないといった基本的なものも含まれる)。これも、その都度その都度報告される労災事例の積み重ねをみて自然とこういう行動はやめるようになっていくといった風に必ずしも自覚的に行動変容しているわけではないので、まったくそういった経緯を知らずに来た後輩に網羅的に伝えるわけにもいかないし、仮に伝えることができたとしても、内容が多過ぎて行動に反映させられないだろう。

こうした事情もあり、仕事の引継ぎ作業というのはマニュアルを渡して「これ読んどいてくれ」というわけにはいかない。だいたい「読む」というのは非常にあいまいで個人差のある作業であるし、内容は実技なのだから、やはり読んだとしても実地で試されなければ本当に身についているかどうかはわからないからだ。私自身だって見慣れない職場のマニュアルを一回読んですべて憶える記憶力など持ち合わせてはいない。さらに悪いことに単純にマニュアルを読まない人も多いのである。

こうしたわけで、職場での後輩に対するインストラクションは小口に分けて、使えるときは文章や図を使ったり、現物や実演をみせながらおこなっていくことになる。まず名前を説明し、作業してみせ、やってもらう。作業している途中で何をやっていいかわからなくなったり、トラブルがあれば報告してもらう。こういえば聞こえはいいが実際には後輩は思わぬ挙動をするものだ。仕事の中心となる手続きは教えた通りにやってくれるかもしれないが、作業を終えた後の資材の置き方や資材をコンベアに流すタイミングなどにまで気が回っていなかったりする。それに前工程から仕掛品が流れてくるのを何もせずに待っていたりする。やっぱりそういうときはどうすべきかを教えるために、ずっと注視していなければならないが、もちろん私は私で仕事がある。そうかといって、仕事量の関係で自分が全部やった方が早いというわけでもない。なかなか難しいのである。

そういう幾つもの制約を一度に抱えつつ、ひとつずつほぐしていく中で、やはり、或る程度はこちらが模範を示している部分を後輩の側から汲み取ってほしくなってしまった。自分自身が教えられる側だったときは何から何までコトバで説明してくれなければわからない。「見て覚えろ」「ワザを盗め」なんて不合理な話だと思っていたのだが、自分が教える立場になってみると、特に実技を教えることの難しさを痛感した次第である。

(1,427字、2023.10.10)


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