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大事にするほど、神聖化していく

こんばんは、「WTFブログ」です。

彼女が写真を残さなかったのは、別れを切り出した時に楽に忘れられるように写真を残さなかったのでしょうか

それとも、ただ心許していない相手のフォルダに自分が居たくなかったからでしょうか

悪い捉え方を知らなければ、人の心はきっと楽になります。誰だって明るく捉えたい。

「今ならきっと」って思いたい。あの頃から大した変わりは自分にはない。周りは充実して、浮かれて変わっていく。

思い出が増えていく彼等を見て、自分は音楽に触れたいと思う。だって、自分は音楽に時間を費やしていて、

ここに夢や希望を観ているから。

続けていれば、報われてると信じてる。そこには綺麗事だけがある訳じゃない。悪い捉え方を知れば「執着」とか「粘着質」とも捉えられる。

悪い捉え方と良い捉え方の両方から見た時、
結局は「人の為と言って自分方位」だと気づく。

「自分が起点」てだけで、なんだかなぁとなる。
「人のため」の方が、やりがいがある。
社会的な生き物

私はもう20歳を超えてしまった。
18歳の時の思い出を頼りに音楽をしてきた。

親が亡くなって、保護者もソリが合わず
高校のベンチで寂しくなっていた時
大好きになった女の子がたまたま、来た。

「どうしたの?、何してるの?」と聞かれ
「帰りたくないんだ」と答えると
その子は何も言わずに隣に座ってくれた。

その子は美術室に用があって、時間になると
美術室前で少し話した。
自分は、

インスタで絶縁して、もう会っていない

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