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サッカー少年のTPS(ターニング・ポイント・ストーリーズ)

 人生には選択を迫られる時がある。人生の選択によって、その後の方向性が変わる。ひとは幸せに向かうために、どのように人生の選択をしているのだろうか。人生が好転した、サッカー少年のターニングポイント。

 4歳のころからサッカーを始めた。どうしてサッカーなのかも覚えていない。気が付いたときにはサッカーをしていた。父は野球が好きだし、母ばバレーボール。なので、なぜサッカーなのかもよくわかってない。しかし、小学校のころには、中学生のチームに入っていたし、大学でも、大学のサッカーではなく、社会人のチームに所属していた。将来はサッカーのコーチをしたかった。
 自分にとってサッカーとは、今までの人生のなかで、ずっとそばに在るもの。
 サッカーの何が素晴らしいかといえば、ゴールを決めた瞬間。『やり切った!やってやった感』がある。大好きなスポーツだ。なので将来もずっと自分のライフワークだと思ってきた。あの日が突然、来るまでは。

違和感 

 サッカーの練習をした翌日朝、首から肩にかけて違和感はあった。練習の翌日に体が痛いことはよくあることで、いつものことだと思っていた。だけど気になったので病院へ。
 医師から宣告されたのは、『今後サッカーができない』首のヘルニア。母も一緒に病院に来てくれたが、無言だった。自分もどうしていいのか、茫然となった。衝撃だった。こんなことが自分に起こるなんて思ってもみなかった。
 彼女に相談した。しかし「考えてもしょうがないでしょ。」との一言。冷たい、っと思っただけど、その一方でその通りだとも思った。いくら考え込んだところで事実は何も変わらないのだ。サッカー以外の方向へ、集中していくしかないのだ。
 母は、たまに「体はどう?」と聞いてくるがそれだけで、何も言わない。
気にかけてくれているのか、いないのか、自分では自覚はない。しかし体調のことは聞いてくる。いまはそれよりもこれからの自分のことに集中している感覚。

衝撃の乗り越え方
 その時の衝撃をどのように乗り越えたのか、乗り越えてないのか・・・。そのような感覚すら、いまはない。考えたところで状況は変わらないし、次に進んでいくしかない。いまの自分の中でサッカーは、徐々に大きなものではなくなってきた。

 何故か・・・
 いま振り返ってみると高校の担任の先生のおかげかもしれない。
 高校2年、3年担任の先生がいた。年は30歳過ぎの若手の先生。その人の影響が大きいのかも。それまでの自分は、きっちりした性格で、白黒はっきりつけたいタイプ。しかし、先生に出会ってからの自分は変わった。先生は年に一度の文化祭の当日でも平気で遅刻してくる。初めは、「なんていい加減な先生なんだ」と思っていた。だけど日がたつにつれて、少しずつ自分の認識が変わってきた。先生はやる時はやる感じ。だけど基本的にゆるい。それが自分にはとってもよかった。
先生を見ていて、「抜けるところは抜く」ということを覚えた。それから、ずいぶん気持ちが楽になった。「白黒はっきりさせなくても、よいよい」と、思えるようになってきた。
 後から心理学を知ることになって、その『抜くところは抜く』感覚。その大切さを理論的に知るようになった。人間だれしも、100%の力を発揮し続けるべきだ、と思ってもそうならないことの方が多い。そして100%出し続けていると、どこかで歯車が外れることもある。だからこそ、70%ぐらいの力でOK!と思い、リラックスしている時の方がむしろパフォーマンスは上がるのだ。
 また、白黒はっきりさせようと思っても、白黒はっきりしない出来事も多くある。いやむしろ、グレーゾンの出来事の方が多いぐらいだ。白だと思って追及していると黒に思えて来たり、黒だと思っていても、意外と白だったり。物事のとらえ方によっても見え方、感じ方は変わってくるものである。だからこそ、その場の適応できるよう、肩の力を抜き、バランスをとる。
 

 それはあたかも、サッカーのディフェンス。大地と青空の狭間で、両足を広げ、重心を下げる。「左右、前後、どちらにも動ける」守備の体制になる。その場に合わせた適応力が大切で、だからこそ、人を抜き去る華麗なシュートが決まるのだ!
 

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