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POOLのちょっとだけウンチク  第21回Tom Misch『Movie』

WOWOW MUSICがお送りする、音楽好きのためのコミュニティ"//POOL"
その企画・構成を担当する吉田雄生が、いつものあの曲の響きがちょっと変わる(かもしれない)
とっておきのウンチクを書き綴ります。

今回のアーティストはシンガー・ソングライターの竹内アンナさん。竹内さんの“とっておき”はトム・ミッシュの『Movie』だった。トム・ミッシュといえば現代を象徴する才能あふれる若きミュージシャンだ。若干16歳の時にネットを通じて自らの作品をアップロードし始めると、そのクオリティの高さが話題となった。2018年にトム・ミッシュはアルバム『Geography』を発表、一気にブレイクを果たした。

そのトム・ミッシュが昨年末『Quarantine Sessions』というアルバムをリリースした。「隔離セッション」とでも訳すのだろうか。コロナ禍でロックダウンされていた時期にロンドンの自宅で創り上げた作品である。ミッシュが自分の部屋でニルヴァーナのカヴァーをギターで奏でたり、マルコス・ヴァーリーとセッションしたり。トム・ミッシュはギターも声もとても繊細で抒情的だ。そっと寄り添い、話しかけてくれているようだ。この作品を聴いていて、ブライアン・イーノをなぜか思い出した。

70年代半ば、トム・ミッシュと同じロンドンのミュージシャン、ブライアン・イーノは交通事故を起こして入院していた。入院のベッドでボンヤリと聴いていたレコードの音と雨だれの音が溶け合い、イーノの頭で「アンビエント・ミュージック」という新しい概念が閃いた。それまでロキシー・ミュージックやキング・クリムゾンのロバート・フリップとのユニットで活動していたブライアン・イーノはそこから旧来の楽曲構成と決別して、音を空間でとらえるようになった。イーノはアンビエント・ミュージックについてこう表現した。「聴き手に向かっていく音楽ではなく、空間と奥行きでリスナーを包み込む音楽」。
まさしくトム・ミッシュの『Quarantine Sessions』にはそうした趣がある。自宅で収録した音は、アルバムに独特の質感を生み出し、息遣いさえ感じることができたのだ。

さらに。この文章を書いている時、偶然こんな記事を目にした。ブライアン・イーノが、今年6月から京都で初めてとなる大規模な展覧会「BRIAN ENO AMBIENT KYOTO」を開催する(!)。
この展覧会では、音と光がシンクロしながら絶えず変化し続ける。その空間の、その時に、観客の誰もが違う体験ができるという参加型の空間芸術だ。ブライアン・イーノのコメントも掲載されているので紹介しよう。「ありきたりな日常を手放し、別の世界に身を委ねることで自分の想像力を自由に発揮することができるのです」
まさに今の時代にこそ、そうした「想像力」が必要なのだと思う。

オノ・ヨーコもまた参加型の芸術空間を50年以上も前から提唱してきたアーティストの一人だ。彼女の著書「グレープフルーツ」は“名前を変えなさい”“聴きなさい”などといった、言葉によるインストラクション=によって、詩的に綴られたコンセプチュアルな作品である。その中に“想像しなさい”とう言葉があって、それに刺激を受けたジョン・レノンが『Imagine』を創った。まさに「想像力」が「創造」を生み、それは人々の心に寄り添い、届けられた。

ブライアン・イーノとトム・ミッシュ。世代を超えた二人のアーティストは、僕らにこうして癒しをもたらし、そして生きる力、想像力もたらしてくれる。6月になったら、イーノの展覧会に足を運びたい。その頃には世の中が平穏になっていることを祈って。
https://news.yahoo.co.jp/articles/afbbf6933e3cb0124c6496ef69116e6bdad43ab6

(文・吉田雄生・WOWOW MUSIC//POOL企画・構成担当)

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