POOLのちょっとだけウンチク 第24回 The Rolling Stones『Start Me Up』
このラジオは残念ながら今回が最終回となってしまった。多くのアーティストにレコード愛、音楽愛を語っていただき、とても興味深かった。その人の好きな音楽を語ることは、すなわちその人自身を語ることである。僕もここで多くの音楽と出会ったし、意外な事実を改めて気づかされたりした。何よりいらしたアーティストの皆さんが楽しそうだったことが、嬉しかった。
さてラジオ最終回のアーティストは斉藤和義さん。斉藤さんはPOOL VIDEOの初回のゲストであり、そのとき中田クルミさんと同郷であることが判り、大いに盛り上がった。「ずっと好きだった」のMVビデオが話題になった際には、それが地元の宇都宮のパン屋のビルの屋上でだったと話してくれた。その時の名言が「宇都宮がロンドンだったのよ(笑)」だった。
その斎藤さんには「旅立ち」をテーマに選曲してもらった。持って来てくれたのがストーンズの「Start Me Up」。さすがの選曲である。イントロのキース・リチャーズのギターリフからの、チャーリー・ワッツのフィル・インが無茶苦茶かっこいい。全盛期のストーンズの勢いがそのまま音に現れていて、確かに、何かのはじまりに聴くにふさわしい。
ストーンズは今年なんと結成60周年で、ワールドツアーの開催も発表した。キース、ミックともに78歳。まったくなんて老人なんだ(!)先日、朝日新聞にキースのインタビュー記事が載っていた。その中で「余白の美学」という言葉があった。キースは音楽を絵画のキャンパスに例え、余白こそが大切なんだと語っていた。
昨年チャーリーが亡くなって、改めてストーンズのレコードを聴きなおしていた。ライブ盤をいくつか聴いていて、あることに気が付いた。ドラムカウントから始まる曲が一つもないのだ。常に、キースがリズムを先行して作り、チャーリーがそれに絡んでいく。もちろんクリックなど使っていないだろう。これは驚くべきふたりの名人芸だ。
ドラッグの問題があって、ストーンズはなかなか来日できず、全盛期のストーンズを観ることが出来なかった。1979年の日本映画の傑作「太陽を盗んだ男」でこんなシーンがある。理科の教師である沢田研二演じる主人公が一人で原爆を作ってしまう。その存在を知って慌てた政府は彼のどんな要求でも聞かざるを得なくなる。「俺いま原爆持っていて何でもできるんだけど、みんな何したい?」と主人公がラジオDJに相談したら、リスナーからこんなアイディアがでる。「ストーンズを武道館に呼ぼうよ」。映画では「ストーンズ武道館公演決定」の嘘の情報を流し、そこに犯人を誘い出すことになる。当時の若者はそのくらいストーンズを生で観たかったのだ。
そのストーンズが唯一武道館でライブをしたのは2003年3月10日のことだった。チケットは激しい争奪戦になったが、僕は幸運にもチケットを確保できた。ところが、直前になって大手代理店に勤めていた友人から、「なんだかVIPぽいチケット2枚ゲットできたんだけど、行かない?」と誘いがあった。どうやらいい席だったので、僕のチケットは別の友人に譲り、武道館へ向かった。そのブラックのチケットは金でツアーロゴが刻まれていた。ところが、入口でチケットを見せるとこんなチケットは知らないと、入場を拒否された。これは詐欺にでもあったかと暗澹たる気持ちでいると、黒人の警備員がチケットを見せてみろ、と言う。すると、いとも簡単にこっちに来いと案内された。連れて行かれたのは、関係者が公演前に集うVIPルームだった。周りは外人ばかり。みんな慣れた様子で、オードブルやカクテルを飲みながら談笑している。やばい、ここは関係者のふりをしなくては、おどおどしてはいけない。片言の英語で、「今日のライブは本当に楽しみだね」などと話しかけたりした。すると、感じの良い一人の外人が「もしかしたらメンバーが顔を出すかもよ」と言った。まさか。開演まであと30分。いくらなんでも来るわけはないだろうと思っていたら、来たのである。キースとチャーリーの二人が(!)オーラとはこのことを指すんだとその時思った。あきらかに、二人の周りだけキラキラしていた。僕は友人に小声で言った。「落ち着こう。取り乱しちゃだめだ、あくまで関係者を装って」。僕らの前に二人がやってきた。僕は余裕のふりをして、「楽しみにしてるよ」と握手を求めた。二人の手は職人のようにゴツゴツしていた。ふと見ると、友人はまるで追っかけのファンのようにデジカメのシャッターを切っていた、、、。
それがもう20年近くも前の出来事だ。チャーリーはいないけど、そのストーンズがまだステージに立っている。キースは「まだまだくたばらないぜ」と言っている。また日本で観れる日が来るだろうか。その時は、もちろん、また観に行くだろう、たとえ魔法のチケットじゃないとしても。
(文・吉田雄生・WOWOW MUSIC//POOL企画・構成担当)
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