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ヲバさんのジャニヲタ話、その1。

ヲバさんは「たのきん」時代からジャニーズを愛する生粋のジャニヲタです。
ジャニーズ事務所を立ち上げ、数々のグループを育ててこられたジャニー喜多川氏にこの場をおかりして感謝と敬意を表します。

『ジャニーさん、われわれヲタに愛と希望と夢をありがとうございます。これからもヲタ活に生涯をささげたいと思っております。末永く、我々ヲタを見守り続けてください』

幼少の頃からヲバさんには某ローラースケートグループ(現役グループではありませんよ)を除くすべてのジャニーズグループに推しがいました。

なかでもひときわヲバさんを虜にしたのが「関ジャニ∞」です。
ジュニア時代からバラエティ番組などを通しお兄ちゃん組のことはもちろん知っていました。
なかでも赤い人(またの名をちっちゃいおっちゃん、以後、おじさん)は当時から注目度も高く、現事務所副社長滝沢秀明氏と並ぶ西のエースでもあった。
しかし、ヲバさんがエイター(=eighter、関ジャニ∞のファンの方の総称)になるきっかけはおじさんでありませんでした(のちに、おじさんに担替えしていますが…)。
デビュー当時ヲバさんが推していたのはピンクの方こと内博貴氏だった(もちろん今も好きです♡)。
当時はおじさんとメインボーカルを務めてもいらした長身の男前さんです。
しかし、翌年とある事情によりしばらくの間お仕事をお休みされ、のちにグループからは脱退されることとなりました(現在も、数々の舞台でご活躍されてます)。

ヲバさんがガチエイターになったのは、2006年春(多分)でした。
某女性誌(an〇n)の1ページでヲバさんは運命の出会いをしたのです。
超絶アイドルスマイルでヲバさんを虜にしたのは某焼き鳥チェーン店(関西人のヲバさんはもちろん常連さん♡)の御曹司、大倉忠義氏です。
以前から関ジャニ∞の貴重なビジュアル担当であったことはヲバさんも認識していたものの、なぜかスルーしていたんですね~。
しかし!その1ページがヲバさんをロックオン!これぞan〇nマジック!
当時の勤め先のお客様用雑誌を会社からもらい、自分のロッカーに貼っていたことは鮮明に覚えています。
そこから、12年に渡るおばさんのエイター生活が始ました。

2008年~2009年にかけて、ヲバさんはおじさんにに担替えをしました。
正直、きっかけは覚えていないのです。
単純に、あのお声が好きだったのだろうなぁ、と思います。
後輩くんと組んだバンドのライブなんか最高でしたね。
もともとロック好きのヲバさんはライブでも大盛り上がりでした。
もう、あのノリはできないかなぁ~?

アイドルとしてでなく、いちボーカリストとしておじさんを尊敬し、愛していました。
主演映画はもちろん、舞台となった元キャバレーでのソロライブも参戦しました。(当時のヲバさんの職場がそのキャバレーから徒歩5分の距離でいつもどこかですれ違われへんかとうきうきしていましたよ、いい年して、わら)
余談ですが、ソロライブからの帰路につくおばさんの姿が某音楽番組で放映されたんです、しかもがっつりカメラ目線で、わら。
お恥ずかしながら、ヲバさん、基本目立つことが大好きなので、カメラとか置いてあったらつい見てしまうのですね。カメラマンさんとかいらしたらヲバさんもそんなにがっつり見なかったと思うんですが、たまたま無人でカメラだけ置いてあったんですねぇ~。そんな状況で回ってるとも思えなかったんですよねぇ~、わら。
どうでもいいお話ですが、ヲバさんは横山裕氏の主演映画『破門』にもエキストラ出演を果たし、CMにも起用されました、わら(軽く自慢してみる)。

しかし、そんなヲバさんがまさかの担降りを決意する日がやって来るとは、当時のヲバさんは知る由もありませんでした…。

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