見出し画像

美術館トリップのススメ

さいきんは物忘れが多くて、何か思うところがあればマメにスマホに記録を残すようにしている。記録といっても大げさなものではなく、メモに思い出せるようなキーワードをちょこちょこ、書き残すくらい。インターネットサーフィンをしていて、あとでもう一度調べてみたいなと思ったものはスクリーンショットで画像として残す。なんて便利なんだろうと毎回思う。

原田マハさんの書籍「常設展示室 -Permanent Collection-」を最初に見かけたのはいつだったか。テレビで芸能人がおすすめ書籍として紹介していた後に、インターネットで見かけて思い出し、読んでみたいと思ったのだった。そのときにスクリーンショットをして画像を保存しておいたおかげで、カメラロールを見直しているときにまた思い出した。

というわけでたどり着くまでに2回ほど忘れている。老化って恐ろしい。

そして、こんな文章を書く「わたし」はほんとうに一般人で、特に何にも詳しくはないし、どれにでも興味を沸かせるザ・庶民である。世間でタピオカが流行れば一度は飲んでみようかと挑戦してみるし、インスタグラムもやっているし、フェイスブックもやっている。田舎に住んでいるから都会の交通障害を見てはお気の毒と思い、ツイッターをのぞき見して、保育園情報に目を配り、子育てや主婦のライフハックに頷きながら楽天マラソンで買い物をする、そんな一般人だ。

そんな「田舎に住むそのあたりにいる人」がこの本を手にとった。この「常設展示室 -Permanent Collection-」という本は、美術館と絵画にまつわるストーリーの短編集である。それぞれにストーリーのモチーフとなる絵画があり、絵画については教科書で見たことあるというような作品ばかりだった(しかし聞いても分からなかった。検索してやっと、なんか見たことある、というレベル)。ストーリーの主人公たちは美術館で働く人、画廊で働く人、美術品バイヤーの人、と絵画は手に届きそうでも、主人公たちの立ち位置は「田舎に住むそのあたりにいる人」からすると全然手に届かないような場所にいる。東京だったらよくいるのかしら?

ストーリーの上では、絵画と主人公たちの人生が美しく描かれている。ここでいう「美しい」は良いことだけではない。人と人とのかかわり、街とのかかわり、人生の岐路、生きていく上で降りかかるさまざまな出来事とその心象が良くも悪くも描かれていることをいう。主人公たちの立ち位置(職業だとか住まいとか)には共感できるものは少なかったけれど、心象には共感できる。胸が痛くなったり、きゅうううっと切なくなったり、同情したり、揺さぶられる。長く生きてきた人の特権かもしれない。

わたし自身についていえば、美術館なんてここ何年も足を運んだこともない。最後に行ったのは、当時流行っていた金沢の21世紀美術館か、はたまた母の友人が展示会を開催したとかで付き添いで訪れた県の美術館か。そして美術の知識も当然ない。センスもなければ美術や歴史にも興味がない。しかしこの原田マハさんの書籍には、文章から美術館の佇まいが感じられるようで思わず絵画をこの目で見てみたいという気持ちになる。ご本人が美術との深いかかわりをお持ちだからか、ストーリーの中の美術館の雰囲気、美術品の周りの空気感に対する表現力が、この一般人の私が感じているものと同様のもののようだった(同様なんて書いておこがましいかもしれないが)。

この本は、ストーリーの良さもさることながら、そんな美術館の雰囲気にどっぷりと浸かれる作品、といってもいいだろう。もっと浸かりたくなるので近場に良い美術館はないかと思わず検索してしまいそうになる(このあたりが一般人らしい)。わたしにとって最近の良い書籍というものはその物語の世界観、雰囲気に埋もれてしばらく抜け出せない状態になるもののことだと思っている。年を重ねるとライトノベルの恋愛小説のように、自分と主人公を重ね合わせることはなかなか難しくなってくる。

今回この「常設展示室 -Permanent Collection-」の読書感想文を投稿するにあたって、回想すると、今でも一番初めに読んだストーリーの中にあるニューヨークのストリートや美術館の雰囲気が、身体にまとわりついてくる。座っているのは自宅の壊れそうな椅子にもかかわらず。あの完璧に保たれた湿度の空間や、照明の明るさ、やや重たい空気の静けさが共存する美術館の雰囲気に浸りたい人にはぜひおすすめしたい作品である。わたしにとっては、ちょっと忙しい日が続いたあとの日や、お気に入りの服を着た日にはもう一度読み返したくなる、そんな書籍の一つになったのだった。



この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?