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WOODTENNISの世界観

 WOODTENNISとは何ですか。

 と聞かれると、私もしっかりと答えることができません。ビンテージのラケット収集でもないし、ウッドラケットのインテリアでもないし、昔のテニスのことを語るサイトでもない…。答えがはっきりしないところでスタートをして、未だにはっきりしていなけれど続けているものとしか答えようがありません。私自身の本業はテニスコーチですが、そこでウッドラケットの時代のテニス指導方法を行なっている訳でもありません。けれど、私自身は定期的に練習やコーチ同士のゲームではウッドラケットを使用します。先日、生徒さんから「コーチがレッスンで指導してくれている身体の使い方は、現代のプロ選手より、昔の選手の映像を見た方がしっくりきますね」と伝えられました。(生徒さんは娘さんもジュニアで指導しているので、そことの違いは説明しました)確かに表向きはそのように捉えられることは自覚して指導しています。

 私自身は昔の打法だとか戦術を教えようと思って、意図的にしているのではなく、ただ目の前の生徒さんをみて、最善だと思われる方法を選択しているだけです。それが人の感覚として「現代の」「今は」「最近の」と「昔は」「ウッドの時代は」「過去の」との比較になるのだと思います。確かに技術革新の進歩は目覚ましく、ラケットだけに関わらず、この10年、20年とその変化は目覚ましいものがあるとは思います。しかし、人間自体の進化は3万年前のホモ・サピエンスまで遡れば骨盤の形が違うなど明らかな構造変化がありますが、基本的に構造というのは生物学的な遺伝伝達で数十年はおろか数百年でも変わりません。

 では、テニスというスポーツの「今」と「昔」は何が違うのでしょうか。

 それを書くには、テニスに関わる全ての分野、項目において違ってくるので、違いを書くだけで、本にすると数冊分になってしまいます。また、そんなもの全てを追ったところで、今何をすべきかという具体的な結論に至るとも思えません。そんな中で、私自身も一つだけのシンプルな違いに着目しています。

 それは、スィングスピードの違いです。

 現代のラケットは、ウッドラケットに比べ、硬く、軽く、大きなフェイスへと進化しています。それをメーカーの売り文句で操作性が上がったと書かれていますが、単純にスウィングスピードを誰でも上げやすいもの変化しているのです。それに合わせて、速くなったスウィングスピードの中でも、ボールを規定の大きさのコートに抑えるためのストリングが次々と開発されています。ポリエステル素材のストリングは速いスウィングでも、強烈な回転をかけてボールの飛びを抑えることに成功した優れたストリングです。ただし、それら技術革新のスピードと、人間の進化のスピードは同じではありません。明らかに前者の方が速いです。そんな中で、問いたださなければいけないことは、技術革新がスウィングスピードを上げたのか、人間が進化してスウィングスピードを上げたのかということではないでしょうか。

 ここまでをまとめると、私の指導方法は、目の前にいる生徒さんの持っているスウィングスピードに合わせた指導なんだと思います。それが『今』と『昔』の違いが、スウィングスピードの『速い』『ゆっくり』という相関があるために、私の指導は『昔』というカテゴリになるのでしょう。その生徒さんの持つスウィングスピードであれば、どういうときに、どういう軌道を描くのが適切で、それを打つのには、どういったボールの見方、入り方、捉え方があり、その次はどこを待つべきか、どこへ動くべきか…。

 誤解がありそうなので、くどいようですが補足説明もしておきます。スウィングスピードというのは、人間が持つ能力差として違いがあります。それは昔であろうが今であろうがです。トップスピンが今の技術というのではなく、スウィングスピードが速い人はウッド時代から使っていたショットです。そういう能力がある人は、ウッドラケットでもボールの飛びを抑える必要があったので、ポリエステルはありませんでしたが、ナチュラルガットを70ポンドから80ポンドと硬く張っていました。けれど、それはラケットの進化がそうさせたのではなく、その人そのもののスウィングスピードが違ったのです。ボルグとローズウォールが打ち方が違うのはスウィングスピードが違うのです。当然戦術も変わってくるため、スタイルそのものが全く違います。つまりボルグが書いた本のタイトルが『これがテニス』ではなく『我がテニス』としていることも、そういった真理の的を得ているのです。ただし、今の人の多くが、自分のスウィングスピードの速さを知りません。なぜわからないかというとラケットとストリングの技術革新があったからです。

 この記事をMacBook Proで書いています。ただ10年前に購入して最近は少し故障のような症状が多いです。今日調べてみたら放充電回数は1000回を軽く超えていました。そこで次のPCを検討しているのですが、私にはMacBook Airで充分だと思っています。その理由は簡単で『Pro』でなければ出来ないような仕事をすることがないからです。また、こちらのPC分野の技術確信というのは、計算能力が世界で一番になる必要性よりは、より多くの大衆が使用してくれることに必要性があるため、ストレージもメモリも大きく増やしていくのではなく、それらをクラウドで管理して、使うときだけメモリに持ってくるというような中身の進化をしています。それくらいの方が私みたいな人間が使う場合はCPUも適切な速度で働きやすいのです。けれど、人間には経験や知識が乏しいほど、私のように無駄なPCを購入してしまうような嬉しがりでカッコつけのところがあるようです。こういった人間らしく愛おしい失敗というのは、何となくですがこれからテニス愛好家の中にも、気づいてくる人が増えてくるのではないかと思っているのです。

 この記事のタイトルを『WOODTENNISの世界観』とさせてもらいましたが、これは私自身もまだはっきりとWOODTENNISがどういう方向性に向かっていくのかがわかってないからです。わかっているのは、この記事に書いたような自分の持つ世界観しかないからです。ただ、何となく戦略的には海外というのもあります。今後の展開としては、このサイトを翻訳できる人や、外国語でレッスンできる人への技術伝達です。このサイトは日本語を基本に全て書かれていますが、10年ほど前の開設以来、海外の方からの『いいね』やフォローというのが多いのです。

 まあ、いろいろとぼやけていて、わからないところが多いサイトではありますが今後ともご愛顧のほどよろしくお願い申し上げます。

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